「…オメーも大概暇だよな」 呼び鈴を押した相手を見るなり、新一がひきつった笑いを浮かべながら言った。 「なんやねんその言いぐさは!わざわざ親友が会いに来たっちゅーに」 …満面の笑みで立っているのは、西の名探偵、服部平次。大阪から遠路はるばるご苦労なことだと、半ば感嘆、半ば呆れ気味なため息をつく。 「誰が親友だよ…。とにかく、今日はパス。オレ、今から出かけるんだ」 一旦中に引っ込み、鞄を持って出てくると後ろ手に扉を閉める。ポケットから取り出した鍵をかけるまで、一連の動作を見ていた平次が当然のように言った。 「オレも行くわ」 「却下」 即座に切り捨てる。…が、言うだけ無駄なことはわかっていた。どうせ後をつけてくるのだろうから、言おうが言うまいが同じことだろう。 「…ったく。この前、オレが解決した事件あっただろ?」 「あぁ…三丁目の強盗殺人やろ?結局店長の一人芝居やったっちゅー…」 「そう。その事件で不審な点が見つかった、って目暮警部から連絡もらったんだ。だからこれから警視庁に行くんだよ」 「ほー。ほんなら乗ってくか?」 「…は?」 ニッ、と笑って、平次が片手に掲げたのは、フルフェイスのヘルメット。後ろには、見慣れないバイクが止まっていた。 「…オメー、東京まで何で来た…?」 まさかと思いながら聞いた新一に、平次がぱたぱたと手を振って否定する。 「ちゃうちゃう、いくらオレでもそこまで無茶はせえへんわ。コイツは、こっちに住んどるダチに借りたんや」 「まぁ…どっちにしろ、ヘルメットないだろ。あったとしてもオメーと2ケツなんてごめんだし、オレは電車で行くからな。気をつけて来いよ」 駅へ続く道へ向かいながら、新一がそう言ってひらひらと手を振った。 「なんや、心配してくれとるんか?」 「事後処理が面倒なだけだよ」 「…そらどうも」 苦笑しながら新一を見送り、ヘルメットをかぶってハンドルを構える。 エンジンをかけると、改造されたマフラーが爆音をたてた。 「遅かったやないか、工藤!」 にこにこしながら出迎えた平次に、新一はつかつかと歩み寄って不気味な笑みを浮かべた。 「…オメー、自分が何ccに乗ってるかわかってるよな?なんでオレより早いんだ?家を出るときもとんでもねー音出しやがって、あとでそのバイク調べさせてもらってもいいよな?」 「そないなこと言われてもなァ。これダチのやし…ま、見逃してや」 「…西の名探偵が聞いて呆れるな。とりあえず、目暮警部のところ行くぞ」 言ってすたすた歩きだした新一の後を、平次がヘルメットを片手に物珍しげにきょろきょろしながら着いてくる。 「おー、オレ警視庁入るんは初めてや」 「今度大阪行ったら、大阪府警案内しろよ?」 「考えといたるわ」 「ところで服部、この前あったあの事件なんだけどよ…」 なかなか犯人の挙がらない連続殺人について推理をぶつけ合っている内に、いつの間にか捜査一課の前まで来ていた。 「…続きはお預けだな」 「せやな。ちゃっちゃと用事を済ませてもらおか」 新一がドアをノックし、「こんにちは、工藤新一です」と言いながら扉を開けると、中はなにやら賑やかなことになっていた。 「…どうしたもんかな」 「オレに言われてもなァ…」 入り口で二人が動けずにいると、ふいに新一を呼ぶ声が聞こえた。 「あ、工藤くん!」 駆け回っている刑事たちの中から、高木が新一の顔を見つけて走り寄ってくる。どうやら、何かあったらしい。 「いったい何が「あったの、お兄ちゃん?」 「…は?」 妙な言葉に、平次が怪訝な目で新一を見やる。 「お兄ちゃん、てなんや工藤?」 「…オレじゃねーよ」 新一の台詞を勝手に引き継いだ声の主を、ちらりと背中越しに見やる。ちょうど新一と扉との陰にいて、姿が見えなかったのだ。 「やほー」 「なっ…!?おまえ、なんでここに…」 「お兄ちゃん、今日夜勤でしょ?替えの下着忘れていったから、持ってきたの」 「うわっ、ちょっ」 大きく紙袋を掲げられて慌てた声を出した高木に、それを苦笑しながら見ている新一。どうやら状況を把握できていないのは自分だけらしいと気付き、服部は眉をひそめた。 「…どーいうこっちゃ。きっちり説明してもらわな、納得できひんわ」 「ああ、すまないね、服部くん。この子は…」 いつの間にか高木の側へ行っていた少女を指し、今度は新一が言葉を引き継いだ。 「高木。高木刑事の妹で、オレのクラスメイトだ」 「よろしく、西の名探偵」 にぱっ、と笑って手を差し出しながら言ったに、とっさに反応が遅れる。慌てて服部も手を出すと、握手をしながら自己紹介した。 「服部平次、知っての通り探偵や。よろしゅうな、」 「うん」 屈託のない笑顔に、再び思考が遅れそうになる。そこへ、ずかずかと新一がやってきた。 「…とにかく!」 言うなり、ぱっ、と平次の手を掴み上げ、高木を見やる。 「説明して頂いて、いいですよね?」 そんな新一にやや気圧されながら、紙袋を片手に持ったまま話し始めた。 「あぁ。実は、例の強殺事件の容疑者が連行されてくるんだよ。ついさっき、連絡があってね」 「例の、って…」 「ほんまか!?」 先ほど話していたばかりの事件だ。直接関わっていた事件ではなかったが、割としっかりと記憶している。 「現場に残されていた指紋が、前歴のある男のものと合致したんだ。…っと、僕も行かないと。ああ工藤くん、この前の事件はまた日を改めてもらっていいかな?」 「はい、別に構いませんけど…」 「それから。工藤くん、服部くんと一緒に今日はもう帰れ。いいな?」 「ほーい」 「高木刑事、ちゃんはオレが…」 「オレがしっかり送り届けますんで、ご心配なく」 平次を遮り、新一がにっこりと笑いながら言う。そんな二人を見て、高木は苦笑した。 (…まぁ正直、複雑だけど) これなら、任せても大丈夫だろう。 「じゃあよろしく!」 紙袋を自席へ放り投げ、慌ただしく扉を開けて部屋を出ていく。 他の事件に駆り出されている刑事も多いのだろう、程なく部屋は空に近い状態になった。書類を書いている刑事が数人、いるだけだ。 「…しょうがないな、帰るか」 そう言って新一が振り返ると、も小さく頷いて同意した。 「そうだね。まぁ私は目的が果たせたわけだし。帰ろっか」 扉を開け、三人並んで廊下を歩き出す。十字に分かれているところまで来ると、がぴたりと足を止めた。 「…どないしたん?ちゃん」 服部がきょとんとして聞くと、あははと笑いながら言った。 「トイレ行きたくなっちゃった…ココ右に曲がるとすぐなの。二人とも先行っててくれる?」 「え…」 「せやけど…」 凶悪犯が連行されてくるのだ。出会うことはないとわかっていても、不安にはなる。 「あのねぇっ、トイレ待たれるなんてほんと恥ずかしいだけなの!すぐ追いつくからっ」 どんっ、と片手ずつで二人の背中を押すと、は小走りで角を曲がっていった。…仕方なく、ゆっくりゆっくりと歩き続ける。 「…なぁ、工藤」 「やなこった」 呼びかけに対して返ってきた、拒絶の言葉。平次はむぅと唸ってぶつぷつと呟いた。 「まだ何も言うてへんのに…人の話も聞かんと…」 「わかった、わかったよ!…どうせのことだろ」 「せや。オマエ、あのコのこと好きやろ」 ぶっ! 直球ストレートな服部の台詞に、新一が吹き出す。だが、すぐに冷静になると、笑みを浮かべながら返した。 「…だから言っただろ?却下、って。譲るつもりはないんでね」 「成程?オレもバレバレやっちゅーわけか。せやけどなァ、下駄を履くまでわからんのが…」 ウー!!ウー!!ウー!! 「「!?」」 突如鳴り響いた警報に、新一と平次がはっとして足を止める。 「なっ…」 「なんや!?」 『三階南側で容疑者が逃走、警官から奪った拳銃を所持している。迂闊に手は出さないように!繰り返す、三階南側で…』 続いて流れた放送に、平次が眉をひそめる。 「…まさかさっき言うてた容疑者か?何ちゅーことを…!」 「…おい、服部」 静かに続いた新一の言葉に、平次が「何や?」と振り返る。 「ここは…何階だ?」 「何階て…三が、い…」 ようやく新一の言わんとしていることを察し、平次の声が固くなっていった。 「…今オレ達が歩いているのが、東側の通路だ。ということは、さっき右折した方向は南…」 「ま…まさか…」 「が危ない!!」 言うが早いか、新一は今来た道を駆け戻っていった。 ゆっくり歩いていたつもりが、先ほどの十字路より大分離れた場所まで来ていたようだ。 「…どや?」 軽く息をついてから、追いついた平次が声をかける。新一は、十字路の壁に張り付いたままそっと言葉を返した。 「…誰もいねーみてーだ。やべーな…」 「せやな…今、ちゃんとはすれ違うとらんし、この通路にもおらんとなると…」 「トイレにしては、長すぎる。…何かあったと考えるのが、自然だ」 一番考えたくないが、一番可能性としては高い。ぎり、と歯ぎしりをして、新一が絞り出すように言った。 「くそ…ここでちゃんと待ってれば、こんなことには…」 「…オマエらしくないで、工藤」 ぽん、と新一の肩を叩き、平次が苦い笑みを浮かべながら言う。 「後悔してるんはオレかて同じや。…今は過去を恨むより、現状打破を考えな」 はっとしたように目を見開くと、新一はゆっくりと息をついた。 「…そう、だよな。サンキュ、服部。…まず、敵は武器を所持している、と…」 壁にもたれかかり、顎に手をかけて新一が呟く。それに呼応して、平次も続けた。 「状況から見るに、ちゃんを捕まえて…これからどーするか、考えとる最中やな」 「ああ。を盾に逃げるつもりかもしれないし、足を要求するかもしれない。そうなると…」 ちらり、と平次に視線を飛ばすと、やはり同じことを考えていたらしい。苦々しい口調で返す。 「高木刑事も、タダじゃすまんやろな」 「つまり、今、ここで、オレたち二人でケリをつける必要があるってことだ。…できるか?」 にっ、と口角をつり上げ、新一が挑発するように言う。 「はっ、ナメんなや。誰に言うとるんや?」 言って、ぽん、と片手に抱えたヘルメットを叩く。それを見た新一が、ふと思いついたように言った。 「なあ…服部」 「なんや?」 「そのヘルメット…いくらだ?」 「はァ?」 唐突な新一の台詞に、平次が眉をひそめる。だが、すぐに合点が行ったらしい。笑みを浮かべながら、そのヘルメットを新一に投げ渡した。 「…必要経費で落とせるんちゃうか?」 「交渉してみるか」 軽口を叩きつつ、二人の視線はしっかりとトイレの入り口へと注がれていた。 「動くんじゃねーぞ…動いたら撃つからな」 何度目になるのかわからないその台詞に、はやはり何度目になるのかわからないまま黙って頷いた。 (なに…なんでこんなことになっちゃったの…?) ぐるぐると頭の中を回っているのは、その疑問だけ。 個室を出て、そしたら目の前に男が立っていて、悲鳴を上げようとしたら拳銃を突きつけられたのだ。今は後ろから押さえ込まれ、銃口が頭にぴったり合っている。 「くそ…ここから迂闊に出ることもできねーし…だがいつまでもいるわけにも…」 ぶつぶつと耳元で聞こえる声に、嫌でも心臓が悲鳴をあげる。どう考えても、まともな人間の台詞ではない。 「オイ」 「はっ、はいっ…」 ゴリ、と頭の横で嫌な音が聞こえる。いちいち考えていたら、パニックになるのが目に見えているので、は極力考えないようにした。 「ここから出る。テメーを盾にして、外に出てから足を調達して逃げる。…テメーの処理はその後だ」 その言葉の意味が分からないほど、は鈍くない。…自分は、このままだと殺される。 (いや、だ…) それでも、打つ手がない。 (たすけて…) 誰か。 (助けて、工藤くん…!!) コンコン。 唐突に響いたのは、トイレの入り口をノックする音だった。即座にそちらへ視線をやり、男が語調を荒げて問う。 「誰だ!!」 だが、それに答える声はない。 コンコン。 再び響いたノックに、背後の男が苛立っている気配が伝わってきた。 「…おい、ここにいろ。動いたらどうなるか、わかってるな?」 動きたくても、動くことなんて出来ない。黙ったままこくこくと頷くと、ふっと体が楽になるのを感じた。男がを解放したのだ。 「…っ、」 とっさに崩れ落ちそうになる体を、なんとか支える。倒れでもしたら、動いたら、どうなるのかわかったものではない。 「くそ…一体なんだってんだ…」 男はドアの横に張り付き、拳銃を構えている。だが、その手つきは当然ながら危なっかしく、手元が狂ってどこに飛ぶともわからない。 男がゆっくりと扉に手をかけ、じわりじわりと開けているときだった。 コン 「…?」 ドアとは反対の方向から、本当に微かに、やっと自分に聞こえるほどの音が聞こえる。入り口付近にいる男までは、聞こえない音だ。 (! くど、) とっさにでかかった声を、なんとか押さえ込む。窓からは、新一の顔が覗いていた。…指で、何かを指示しているのがわかる。 (何…?右?右に、なにか…) 目で指の先を追い、ようやく気付く。鍵だ。鍵を開けるよう、指示しているのだ。 (でも、今動いたら…) 撃たれるんじゃないか。じわじわと窓際へ移動しながら、男の動きからも目を離さない。だが、ドアの外に神経を集中しているせいで、今自分へは注意がほとんど向けられていない。 (…よし、いけっ) 後ろを向いたまま、手を伸ばして鍵を開ける。その瞬間、かしゃん、と開錠した音が響いてしまった。 「! おい、テメッ…」 ドアに張り付いていた男が、ばっとこちらへ拳銃を構える。その時には、新一が窓から飛び込んできていた。 「ガキがナメた真似をっ!!」 「誰もあんたなんかナメとうないわ」 目の前の新一に神経を集中していたせいで、背後のドアから入ってきた人影…平次には、全く気付いていなかった。そちらへ向けた注意はほんの一瞬だったが、新一にはそれで十分事足りた。 「終わりだ、…ぜっ!!」 ゴッ!! 手にしていたヘルメットを、力いっぱい蹴る。それは狙い違わず男の顔面へヒットし、緩んだ手から平次が素早く拳銃を抜き取って体当たりを食らわせた。 「がっ…、」 白目をむいて倒れた男を見て、新一がほっと息をつく。…そこに至って、ぎゅ、と掴まれた服の裾に気付き、慌てて振り返った。 「あ…、」 「怖かった」 今になって、一気に恐怖が蘇ってくる。カタカタと震える肩を、新一がそっと抱き寄せた。 「…ごめんな、遅くなって」 「ううん…ありがとう、来てくれてありがとう…」 「…もう、いいよ。が無事でよかった」 入り口に片手をついてそれを眺めながら、平次がハァと溜め息をついた。 「なんかなァ…オレ、何しとるんやろ。アンタもそう思うやろ?」 「それを僕にいわれてもねぇ…」 同じく横から顔を覗かせながら、駆けつけた高木が深々と溜め息をついた。 「ほな、帰るわ」 「オゥ。もう来なくていいとは言わねーけど、来たくないんじゃねーのか?」 にやにやしながら言った新一に、平次がぶすっとしたまま言う。 「…工藤に用はないけどな。また来るで、ちゃん」 「あ、うん!いつでも…」 「おいおいおい!?」 横でにっこり笑いながら言ったに、新一が慌てた声を上げる。 「…まーだちゃんと言うてへんのやろ?この弱虫探偵が」 「ニャロウ…」 こっそり耳打ちした平次に、新一が引きつった声を上げる。二人が火花を散らしかけたとき、背後でパッパーとクラクションの音が聞こえた。 「おーい、そろそろ行くよ」 「おー、おおきに」 窓から覗いた高木に手を振り、平次がそちらへ向かって歩き出した。 「ほな、またな」 「もう来んなー!」 バタン、と扉を閉めて乗り込むと、高木がハァと溜め息をついた。 「まったく、非番なのになんで僕が服部くんの足になってるんだか…」 「まーまー駅までなんやし!それに…」 そっと高木の耳元に口を寄せ、囁く。 「オレが間に入らな、あの二人がどこまでいくかわかったもんやないで?」 「…あーくそっ!!」 がしがし、と頭をかき回し、高木がアクセルを踏み込んだ。 「じゃーねー服部くーん!色々ありがとー!」 「おー、またなー!」 「おいおいおい…信じていいのか…?」 そんな平次を見て、高木が眉をひそめる。…どうやら、胃の痛い日々が始まりそうだ。 ---------------------------------------------------------------- 美恵子さん、リクエストありがとうございました! 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