彼と私の10の約束






1.相手のテリトリーに手を出さない。

「…竜崎。それ、私が買ってきた期間限定ハチミツ入りメロンパン……」
「おや、名前でも書いてありましたか」
「……じゃあ、ここにある英国王室御用達チョコもらう」
「約束はどうしました」
「それをあんたが言うわけ!?」


2.相手が寝ているときは邪魔しない。

「……あのさあ、パソコンの明かりって意外に目に付くんだよね…」
「そうですか」
「私は普通の人間なので、寝るんです。」
「私も普通の人間のつもりですが」
「それは初耳だわ。ていうか約束したでしょ。私が寝るときは邪魔しないって。いっそ寝れば?」
「…わかりました。それでは、お言葉に甘えて」
「ぎゃーっ!!ばかっ、入ってくるな!ちょ、どこ触って、いやあああ!!」


3.風呂には入る。

「…髪の毛、ばっさばさ。」
「これが私のスタイルですから」
「スタイルって便利な言葉だよね。俺流並に便利な言葉だよね」
「……入りませんよ?」
「猫みたいなこと言わないの!ほら、入る!」
「入りませんよっ……!」
「なんでこんなときばっかり馬鹿力…!!」




「……駄目だ。」
うんざりしたように呟くと、はペンを置いた。
「人のものは食べない。カロリー過剰摂取は避ける。不要なことに口出ししない。蹴らない。プライバシーは守る。…上げだしたらきりがない上に、一個も守ってくれない」
一般人とあまりにもかけ離れている竜崎にが呆れ果て、ああだこうだと口を出し始めたのが原因だ。それに対して、竜崎はこういった。「それじゃあ、約束をしませんか」と。「あなたと私の、約束です。」
「なーにが約束…だか……。」
結局、(全般的に竜崎の責任で)約束は果たされたためしがない。
それでもめげずに「約束」を作り続けたが、9番目まではほぼ文句で埋まってしまった。あとひとつで、約束は10になる。
(…1だろうが10だろうが…)
彼はそれを、守ってはくれないのだろうけれど。
「……アホらし。寝よ」
きっと竜崎は、今日も寝ないのだろう。二つ並んだベッドを見て、ため息をつく。…一応「恋仲」と呼ばれる仲になってから、同じ部屋で寝たのは片手で数えるほどしかない。そもそも寝たといっても、が眠る直前に隣のベッドに竜崎がじっとうずくまっているのを目撃したのが最後というだけで、そのあと横になって寝たかどうかはしらない。
「横になって寝る姿とか…ぶっちゃけ想像つかないけどね、うん。」
ぐ…と背筋を伸ばす。キラ対策本部のほうへ顔を出そうかと思ったが、なんだか今日は疲れてしまった。一応引き上げるときに挨拶はしたことだし、このまま寝てしまおう。
(ん……)
椅子に腰掛けたまま、うつらうつら、と瞬間まどろむ。は、と目を覚まし、慌てて椅子から降りた。これじゃあ、竜崎と一緒だ。
「……て、あれ?」
ふと見ると、部屋の入り口がわずかながら開いている。施錠はしていなかったが、きちんと閉めたはずだ。
(おかしいなあ…)
いすから立ち上がり、扉を閉めなおす。かちゃり、と音がしたのを確認してから、今度は施錠した。
「さて、と……」

「ひぎゃあああああああああ!!!??」
唐突に後ろから声をかけられ、は文字通り飛び上がった。
「りゅ、りゅ、りゅ、竜崎!?いつの間に…」
「鍵はかけて下さいと言ったはずです」
の問いには答えず、無表情に続ける。
「…今閉めた」
「侵入を許しています」
「あんたが入っても侵入なの?」
「ぎりぎりセーフです」
「……竜崎。どうか、した?」
むっつりと俯いたままの竜崎に、が困ったように問いかける。…なんだかよくわからないが、不機嫌だ。
「…どうもしません。しませんよ……」
「してるじゃない」
珍しく、ベッドに向かっている。今日はもう寝るのかな、珍しい…等と思いながらあとをついてくると、途中でくるりと振り返って言った。
「あなたと私の10の約束」
「え?あ、」
机の上にあったはずのノートは、いつの間にか竜崎の指先でつままれていた。あの持ち方、なんだか汚いものでも持っているみたいだからやめてくれと言ったのだが、彼なりのこだわりがあるらしい。
「10番目。書いておきました」
「え?」
ぽん、と放り投げられたノートを慌ててキャッチする。開いてみると、成程、汚い字……いや、竜崎の字で、何やら書き込まれている。



10.寝顔を見せるのは、相手だけ。



「……竜崎?」
きょとんと、というか、唖然と、というか、な表情でが固まっていると、竜崎がずんずん戻ってきて言った。
「わかりましたね。わかったなら、実践です。」
「は?実践て、きゃっ!?」
ぐいっと腕を引かれ、どさりとベッドに倒れこむ。その横に、同時に竜崎も倒れこんできた。…普段はそんなに力があるように見えないくせに、こんなときばかり力強い。
「さあ、寝ましょう。どうぞ」
「…どうぞって言われても。まだシャワーも浴びてなければ、歯だって磨いてないのに。ていうか服も……」
「寝てたじゃないですか。このままでもいいでしょう」
「寝てた、って…」
先ほどの、転寝のことだろうか。あの間に、竜崎は部屋に入ってきたのだろうか?
「……変な竜崎。」
ぎゅ、と抱きしめられた腕の中で、がくすりと笑いながら呟く。
「変ですか」
「うん、変。変だし、わがままだし、言うこと聞いてくれないし、変だし」
「……そんなに変ですか」
頭の上から聞こえた声が、若干しょぼくれているように聞こえたけれど。それでもは、そのまま続けた。

「大好きよ。」

「……私もです。」
すっ、と髪がかきあげられたあと、額にやわらかな感触が走る。
「りゅ……」
「寝ましょう。あなたが寝るときは、私も寝る。約束です」
ぐ…と強められた腕が、心地良い。その中でもぞもぞと動くと、はそっと囁いた。
「じゃあ竜崎、その前にもういっこ。」
「はい、なんでしょう?」
くしゃり、とぼさぼさの髪をなでつけてから、が悪戯っぽそうに言う。
「お風呂、はいろ。………ね?」
「…そうですね……」
しばし考えてから、竜崎も珍しく、口元に笑みを浮かべて言う。
「あなたが、付き合ってくれるんでしたら。…約束、でしょう?」
「…望むところよ。」


私とあなたの、10の約束。

あなたが全てを果たしてくれるとは思えないけれど。
…きっと私は、許してしまう。



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