実際、付き合いだしてみてわかったことがある。
……この男、非常に面倒くさい。





カカオ80%の憂鬱







「あなたは、ビターチョコレートのような方ですね。」
「…それ、どういうこと?」
竜崎の好きなチョコレートに例えてくれるくらいだから、何か良い意味に違いない。あとで考えればその考えの甘さにうんざりするが、その時はたまたま、そんな可愛い…甘い考えを持ってしまったのだ。
そんなを、じっ…と見つめ、竜崎がふいとそっぽを向いて言う。
「甘いチョコレートだと思っていたのに、口に含んだらカカオ80%だった。そういうことです」
「…………は」
とっさに意味が理解できず、固まる。…それは、つまり。
「…期待外れとか、がっかりしたとか…そういう意味合い、なのかな…?」
哀しみ、ではなく。
声に明確に怒りを滲ませ、が頬をひくつかせながら聞く。
…確かに自分は、竜崎に対しておしとやかであるとは言えないかもしれない。だがそれは、喧嘩をした際に、竜崎がが女であるとか一切構わずカポエラを繰り出してきただとか、書類整理をしている最中に急に呼ばれて慌てて行ったら、不機嫌な声で「スウィーツを下さい」と一言言い捨てられたりだとか。…怒るのも手(や足)が出るのも、ちゃんと理由あってのことである。
「そうですね」
だがそれに全く臆することなく、またオブラートに包んでものを言うことを知らない竜崎の発言に、とうとうの怒りは頂点に達した。
「カカオ80%で悪かったわね!!!」
「…別に悪いとは言っていませんが。自分の考えを述べたまでで」
わかっている、彼は本当に自分の考えを述べているだけだと。そこに悪意や他意はないのだと。
(これが竜崎なんだから…!)
なんとか怒りを抑え込もうと、乱れた呼吸を整えようとする。
「ああ、それから…そういえば」
そんなの様子など全く気に留めず、何かを思い出すように視線を上げ、竜崎が言う。
「以前、あなたは菓子を作るのが得意だといっていましたが…一度も作ってきてくれたことはありませんね」
新たな味を食せるかもしれないと、少し楽しみにしていたんですけどね。
にっ、と。
口元に笑みを浮かべて言った竜崎は、こんなときだけ、肝心なことは口にしない。…口にしないが、呆れるくらいはっきりと目で語るのだ。

『本当は、得意ではないのでしょう?カカオ80%さん。』

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ぐ、と言葉に詰まる。
…確かに、そうだ。自分は、菓子を作ることが決して得意とは言えない。だが、それは自己紹介のときに「趣味は読書です」というのと同じだ。ちょっと見栄を張ってしまった自分を、誰が責められるだろう?
(…竜崎か。)
竜崎が、責めている。
なんでそんな前のことを今更引っ張り出すんだ、なんで覚えてるんだなんて言ったところで、通用しないのは目に見えている。…このままここにいても、状況は不利になる一方だ。
「…お先に、失礼します。今日の分の仕事は明日朝早く来てからやります…」
搾り出すようにそれだけ言うと、はくるりと踵を返した。
それを黙って見送ってから、竜崎は再び目の前のPC画面を睨み始めた。
(…さすがに、今回は厳しかったッスよ…)
ほう、と息をついて言った松田に、相沢も小さく頷く。
(彼らには、我々など全く目に入っていないのだろう…な…。)
…そう。
ここがキラ対策本部だということなど、全くのお構い無しなのだ。





「竜崎!!!」
「…なんですか、騒々しい」
(ん〜〜〜……!)
ともすればヒクつきそうになる頬の筋肉を全力で押さえつけ、は笑顔を張り付かせたまま、竜崎の前にコトンと皿を置いた。本来なら叩き付けたいところだが、そんなことをしたらまた竜崎の足技が容赦なく襲ってくることだろう。
「…苺大福。作ってきたから、どうぞ?」
口調はあくまでも軽く、苦労など微塵もしていない風を装って。
実際は慣れない菓子作りに孤軍奮闘、一睡もしないままここへ来てとりあえず冷蔵庫へ入れ鬼神の如き勢いで昨日の仕事を片付け、ようやく作れた時間に持ってきたのである。
「……苺大福ですか。何でまた?」
むに、と大福の皮をつまんで言った竜崎に、が言葉に詰まる。
「それ…は……」
(最近竜崎が、和菓子に興味持ってるみたいだから)
簡単な洋菓子ならともかく、素人が作れる和菓子なんて限られている。散々考えあぐねた結果、「これなら喜んでくれるかも」と選んだのが苺大福なのだ。
ただ、それを口にするのはなんとなく癪で。
「別に。なんだっていいでしょ」
素っ気無く言ったにそれ以上何かを言うことはせず、竜崎はPCのキーボードを押しやり、自分の目の前に皿を持ってきた。
「………ふむ…」

むに。

    ……むにー。

右手の指先で皮をつまみ、今度は左手も使ってつまむ。
両側からつままれた苺大福は宙に浮いたが、それも一瞬で、やがて皮が伸び再び皿に着地した。
「…竜崎……?」
甘味は、脳を働かせるためのエネルギーにしか過ぎない。
甘いものを味わって食べたりすることがなく、とにかく口に放り込むだけの、いつもの竜崎とは様子が違う。
(なんだろ…私が作ったって言うから警戒してるのかな)
ワタリが用意しているものは一級品だ。素人である自分が作ったものを口に入れることに、躊躇いがあるのかもしれない。
更に皮をつまんでいると、当然ながら、やがて大福の中の餡が見え出した。このままでは、口に入れる前に本来の形を失ってしまう。
「ちょっと竜崎…!」
食べないのなら、と言葉を続けようとした矢先に、ひょいっと竜崎が苺大福を口へと運んだ。
「あ……」
「…………………」
むぐむぐと黙って口を動かし、完全に口の中の苺大福がなくなってから、ようやく竜崎が口を開いた。
「訂正します」
「……は?」
唐突な台詞に、はぽかんとした。一体、何を訂正するというのだろう?
「あなたはカカオ80%ではありませんでした。れっきとした、ミルクチョコレートですね」
それは、菓子作りの腕を認めてくれたということだろうか。
きょとんとしたままそんなことを考えていると、不意に強く腕を引かれる。
「ちょ、」
危ないでしょ、と文句を言おうとした唇は、竜崎の唇で塞がれていた。
「……っ、」
あまりにも突然の出来事に、真っ赤になって飛び退る。ほんのり甘いのは、苺大福の餡だろうか。
「…は、とても甘いですからね。」
に、っと。
例の笑みを浮かべて、そう言ってのけるこの男は。
「りゅっ……ざき……!」
顔を通り越して、頭に血が上る。
「〜〜歯ぁ食いしばれーっ!!」
「何が気に入らないんですか」
ひょいひょいと避ける竜崎、追うを横目に、松田がぼそりと呟く。
「…アレ、単にさんの手作り菓子が食べたくてけしかけただけじゃないんですか。なかなか口に運ばなかったのだって、嬉しくって食べるのが勿体無かったとかそういうんじゃ…」
「珍しいな、松田」
見えない聞こえないを通していた相沢が、ぼそりと呟く。
「俺も同意見だよ」



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