枕の下の奇跡





コツコツコツ。
給湯室へ向かう自分の足音が、静かな廊下によく響く。普段は気のついた者が入れてくれるのだが、今日はほんの気まぐれだった。片手に持った空のカップを、リズムをとりながら軽く揺らす。
「……ん?」
給湯室の扉に手をかけたところで、ロイはふと眉をひそめた。中から、人の声がするのだ。
「……っスか、中尉」
(ハボック!?それに…中尉?)
さっ、と壁に身を寄せて、耳をそばだてる。給湯室に、中尉とハボックが二人きり。一体どういう状況なのだろう。
「…だから、そんなに強く抱かないで。痛いわ」
「だってー、もう抱きしめずにはいられないんスよ!」
(な、な、なぁぁぁぁ!?)
ゴトン、と鈍い音を立てて、カップが手から滑り落ちる。
中へ入るべきか、もう少し様子を窺うべきか、悩んでいるとさらに声が続いた。
「…何もしないでしょうね?」
「大丈夫っスよ、抱くだけです」
「そんなこといって、食べるとか言い出すんでしょう?」
「あ、バレましたー?」
…それが、我慢の限界だった。

バァァァンッ!!

破裂音にも似た音を響かせ、ロイは扉を蹴り開けた。
「中尉、無事か!?ハボーック!!そこで一体何…を……」
「あら、大佐」
きょとん、とした様子のホークアイとハボックに、ロイはしばし言葉を失った。…そして、ホークアイが抱き上げているハヤテ号へとゆるゆると視線を向ける。
「…ハヤテ、号?」
ロイの小さな呟きに、ホークアイがああ、と声を上げて言った。
「ハボック少尉が抱いていたんですが、また食べるなどと言い出したので取り上げたんです」
「冗談っスよ!」
「信用ならないわ」
へっへっへ、と舌を出し、ロイに向かってしっぽを振るハヤテ号を見ている内に、ロイは気が遠くなってきた。
そんな、こんな馬鹿な話があるのか。
「大佐?」
「大佐、どうかしたんスか?」
…やがて、二人の声はだんだんと本当に遠くなっていった。





「はぁぁっ!?」
がばっと飛び起きると、そこはベッドの上だった。
「は…」
ジリリリリリリリリリ、リ
枕元でやかましく鳴っている目覚まし時計を無意識に止め、ようやく意識が覚醒してきた。…ここは、自分の家だ。
「…つまり、夢か」
はー…とため息をついてから、自分が汗をかいていたことに気付く。まだそんな季節ではない…ということは、冷や汗の類だろう。
「まったく…こんな夢が見たいわけじゃなかったのに」
ごそごそと枕の下を探り、一枚の写真を取り出す。以前、フュリーから焼き増ししてもらったものだ。
「中尉ー…もう少し、こう…ロマンチックな夢をだなー…」
確かに夢は見られた。…だが、内容があんまりである。
彼女と一緒に写っている、この犬があの夢の元凶だろう。ついでに、今日はハボックに回す仕事の量を増やしてやるか…などと考えていると、いつの間にか時間はギリギリになっていた。
「あーもう、やってられるか!出勤だ出勤!!」
ぐしゃぐしゃと寝癖頭をかいてから、ロイは写真を枕元のデスクに置いた。少しだが、しわがついてしまっている。
帰ってきてから、アイロンでもかけるか…そんなやたらと家庭的なことを考えながら、軍服を引っかけて家を飛び出した。

…やっぱり、本物の君がいい。




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2005.4.25


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