「だぁぁぁぁっ!!やってられるかーっ!!」 ばさぁっ、と勢い欲書類を放り投げると、ロイはずどんと机上に足を放り出してそっくり返った。 「…コレが全部、札束だったら良かったのに」 ひらひらと降ってくる書類を見ながら、ハボックがぼそりと呟く。こちらも相当キているらしい。 「大佐ぁ、中尉が見たら穴開きますよ?」 そう言って、指で作った銃でとんとん、と自分の頭を小突いたのはブレダだ。 「中尉は今日非番だもーん」 駄々っ子よろしく言ったロイに、ファルマンが苦笑しながら言う。 「中尉がいない日の翌日に、仕事がたまるわけですな」 「ごもっとも」 同意したフュリーの足元にちょこんと座っているのは、ブラックハヤテ号だ。今日は一日出かけるからと、ホークアイが預けていったのである。 「おいハヤテ号、ご主人にチクるなよ?お前はハチ公ばりの忠犬だからな」 「ワン!」 それは果たして、賛同の意か反対の意か。元気に尻尾を振りながら答えたハヤテ号から、それを読み取ることはできない。 「…もうすぐ11時ですよ。大佐が仕上げてくれなきゃオレらもどうしようもないんで、頼みますよ」 ばらまかれた書類をかき集めたブレダが、それをロイへと渡しながら言う。 「〜〜〜〜むぅ…。」 ロイは心底嫌そうな顔をしつつ仕方なく受け取ると、面倒くさそうに足を下ろして渋々とペンを握った。 「…明日から11月だろう?いくら年末に向けてとはいえ、上層部め、張り切りすぎだ」 くるくると器用にペンを回しつつ言ったロイに、ハボックが新たな書類の束を渡しながら言う。 「ということは、今日は10月31日ってことっスね。最近、日付感覚が鈍ってていけねぇや」 「? 10月31日に何かあるのか」 不思議そうに聞いたロイに、ブレダが答える。 「ハロウィンですよ、大佐」 「ハロウィン?…ああ、仮装してお菓子をもらう、っていうあのイベントか」 11月1日はあらゆる聖人を記念する祝日であり、ハロウィンはその前夜祭である。だが本来の意味でイベントに参加している人はごく僅かだろうから、ロイの解釈もあながち間違ってはいない。 「…ああ、それで」 さきほど事務の女の子にもらった飴玉をポケットから取り出す。なんでまた、と思ったのだが、ハロウィンだったのなら納得がいった。大方、お菓子の交換でもして残ったものを通りすがりのロイにくれたのだろう。 「…何だ、今日はハロウィンだったのか…。」 知っていたら、中尉のために何か用意してきたのに。お菓子とか、魔女の衣装とか… (着てくれるわけないけど) どちらにしろ中尉は非番だ。馬鹿げた妄想を首を振って追い払うと、ロイは目の前の書類をにらみつけた。 「今日がハロウィンだったら、どうしたと言うんですか?」 「だから、中尉にお菓子や魔女…」 そこで、はたと言葉を止める。今の声は、誰のものだった? 「こんばんは、マスタング大佐」 「ちゅっ…中尉!?君、何でここに!今日は非番…」 慌てふためきどもるロイに、ホークアイが冷静に答える。 「ハヤテ号を迎えに来ました」 言われてみれば成程、中尉は私服である。スリットの入った紺のタイトスカートに、白のハイネックのセーター。髪は下ろしている。出先から一旦帰ったのだろう、ラフな格好で荷物もハンドバッグが一つだけだ。 「で?私に、お菓子や…なんですって?」 「あ、いや…」 いつの間にやら、自分以外はちゃっかり仕事に戻っているのが憎らしい。救いを求めたロイの視線は行き場を失って彷徨い、あちらこちらをうろうろした。ずずいっと詰め寄られ、ロイが苦し紛れに何とか言葉を紡ぐ。 「ま、まじょ…マジョリカ・マジョルカの化粧品をあげようとだな!」 「…そうですか、それはどうも。」 まるで取り合わず、ホークアイはロイから視線を外して壁の時計へと目をやった。 「…ハロウィンも残り1時間になってしまいましたが、残り物でパーティーでもしませんか?」 「「「……え?」」」 ホークアイの突然の提案に、そこにいた全員が間の抜けた声を上げる。 「友人の結婚式に出席してきたんですけど、そこで予想外に料理が余ってしまったらしくて。頂いてきたんですけど、私一人では食べきれないのでもってきました」 言いながら部屋の扉を開けると、そこには思わず生唾を飲み込むような豪華絢爛な食事がパックに詰めて置いてあった。 「うわー!」 「ありがとうございます、中尉!」 「すげえご馳走だ!」 「マジで食っていいんスか?」 目をきらきらさせながら聞いてきたハボックたちに、ホークアイが苦笑しながら言う。 「ええ、どうぞ」 『いただきまーす!!』 「どれ、私も…」 椅子から腰を浮かせかけたロイの肩を、ホークアイがガシッと掴む。 「大佐はだめです」 「……へ?」 着ているものは違えど、その表情は勤務中の“ホークアイ中尉”そのものだ。 「この書類をひと山片付けてからです」 「た、食べてから…」 「だめです。こちらの書類は明朝までですから」 有無を言わさず押さえつけられ、ペンを握らされる。そんなロイの目の前で、心優しき部下たちは次々と料理をたいらげていった。 「うめぇー!!」 「こっちも最高だぜ!」 「……ハロウィンなんて嫌いだ…。」 見張りよろしく横に立っているホークアイに向かって、ロイが恨みがましそうに言う。 「ご自分の責任ですから」 さらりと言い放つと、ホークアイは足元にいたハヤテ号に肉の切れ端をやった。 「〜〜〜〜〜くっそぉぉぉおおおお!!!」 真夜中のハロウィンパーティー。 …上司不在のままに宴が終わるのは、針が零時を回る頃。 ---------------------------------------------------------------- BACK |