『リザちゃんって、名前の通りの目だよね。怖いもん』 それ以来、人前では瞳を伏せていた。 …それは、遠い日の思い出。 「中尉、…中尉!」 はっ、と目を覚ます。仮眠室で睡眠をとっていたのだが…大分昔の夢を見た。正直、思い出してもあまり良い気分にはならない。 「交替の時間です」 声をかけていたのは、ファルマンだった。夜勤の交替の時間になったらしい。 「…ファルマン准尉。ひとつ聞いてもいいかしら」 「? はい」 私は何を聞きたいのだろう。 何を言って欲しいのだろう。 それでも夢の余韻が後を引き、聞かずにはいられなかった。 「私の目は、怖い?」 ホークアイ…つまり、鷹の目。鋭い眼光でもって、狙った獲物は逃がさない。それが鷹だ。 「は?目…ですか?」 ファルマンは、予想外の質問に戸惑った。まさかそんなことを聞かれるとは考えもしなかったが…思ったままのことを、率直に伝える。 「綺麗な瞳だと思いますよ。強い意志が宿っている、力のある瞳だと思います」 「…綺麗…?」 私の目が? 「はい。私にはそのように見えます」 “綺麗”。自分の目をそんな風に言われたのは初めてで、思わず赤面しそうになる。内心、驚きと嬉しさとで穏やかではなかったが、無論そんなことは表面には出さなかった。 「…そう。おかしなこと聞いて悪かったわ。夜勤お疲れ様」 「はっ」 仮眠室を後にし、司令部へ向かいながらホークアイは心の中で繰り返し反芻していた。 (綺麗、綺麗…私の目が、綺麗…) それは、今まで自分が考えたこともない、新鮮な答えだったのだ。 「や、ファルマン准尉」 ホークアイが去って間もなく。 仮眠をとろうとしていたファルマンのもとに、ロイが現れた。 「大佐?大佐はまだ夜勤中のはずでは?」 すすすすすっ、と音もたてずにファルマンのもとへやってきて、ロイは小声で早口に聞いた。 「今、中尉と二人っきりで何か話していただろう。何を話していたんだ。言いたまえ。言え。言うんだ。早く。ほらほらほら」 「た、大佐っ…言います言いますから手を放してください!」 ファルマンの胸ぐらを掴んで、カツアゲよろしく脅すロイはどうみてもただのチンピラである。 「『自分の目は怖くないか』と、そう聞かれたんです」 「目?」 「はい、そうです」 そこまで聞くと、ロイは思案顔でしばらく何か考えていたが、ふとファルマンの方を向き聞いた。 「で、君はなんて?」 「えーと…綺麗で意志の強い瞳だ、と言ったような気がします」 それを聞くと、ロイは満足気に頷いてからこう言った。 「よし、もういいぞファルマン准尉。大いに眠りたまえ」 「はぁ…」 鼻唄を歌いながら仮眠室を出ていくロイを、ファルマンは呆気にとられながら見送った。 ホークアイの後を追い、ロイはすぐに執務室へやってきた。ちらりと周りに視線を走らせると、他にこの部屋にいるのはハボック少尉だけだとわかる。 (よし) 「ハボック少尉」 せっせせっせとペンを走らせているハボックのもとへ行き、ロイは小声で話しかけた。 「中尉と大事な話がある。席をはずしてくれないか」 「…はぁ」 何だか良く分からないまま、ハボックはロイにつまみ出された。真面目な部下に対する仕打ではないが、そこはロイ。平然とやってのけてしまうのである。 「中尉」 「はい」 既に仕事に没頭していたホークアイは、ついと顔を上げた。その瞬間、ロイとぱちりと目が合う。 …吸い込まれそうだ。 深く、透明で、どこまでも聡明な瞳。この目が怖いというのなら、それはその目つきに対してではなく、あまりの美しさに圧倒されてしまったからではないだろうか。 「あ、いや…その…」 …しまった。 自分は、ホークアイの目の話題は知らないはずなのだ。 (えぇい…構うものか) 「中尉、君の瞳は…」 そこまで言って、ロイは言葉が続かなくなった。 …言葉にできない。 言葉にしたら、その瞬間に全てが虚偽になってしまいそうだ。大切なものほど形をもたず、ただ在るがままのほうが美しくあるのだ。想いも気持ちも、その瞳も。 「…いや、すまない。なんでもない」 言葉にできない、伝えられない、もどかしくて焦燥が走る。だが、席に向かって歩き始めたロイに向かって、ホークアイは一言ポツリと、水滴を落とすように、小さく呟いた。 「ありがとうございます」 「え」 ばっ、とロイが振り向いたときには、既に職務に戻っていた。だが、聞き違いなどではない。ふ、と満足気に笑うと、ロイも珍しく真面目に職務に取り組みだした。 …もう、彼女が瞳を伏せることはない。 「ハボック少尉!何をしていたんだ、職務怠慢だぞ!」 ぶちっ。 自分で追い出したことをすっかり忘れていたロイのこの一言によって、夜中の執務室は暫し賑やかなこととなる。 ---------------------------------------------------------------- 夏月ミナトさんに、相互リンクのお礼に送らせて頂きました。身に余る光栄、本当にありがとうございました…! |