馴染みの場所





「じゃー、これも頼むわ」
、この書類を庶務に回してきて。場所は分かるわね?」
さん、こっちのほうも目通しておいてください」
「〜〜〜はい…」
机に顎をつけ、ぐったりとした状態ではフュリーから書類を受け取った。ざっと目を通すと、処理済みの書類の山に向けて放り投げる。それは途中で床へ落下し、は仕方なく立ち上がって拾いあげた。
の地位は、少佐である。中佐のいない東方司令部では、大佐であるロイの次に当たる。さらに最年少で使い勝手が良いことも相成り、毎日山のような書類の処理に追われていた。
(こんなはずじゃなかったんだけどな…)
嘆息しながら席につくと、また頭上から声が聞こえた。
「これも頼むよ」
差し出された書類を機械的に受け取った後で、はふと相手の顔を見た。
「なにやってんですか!!」
「はっはっは、冗談だ」
いつのまにかやってきていたロイは、そう言って笑うとの手から書類を取り返した。
「ところで、蒼刃の」
「…は?」
「君のことだが」
きょとん、としたを見て、ロイも困惑する。確か二つ名は、蒼刃だったはずだが。
「…あ、あぁ、そっか、私か…すみません、慣れてないんで階級で呼んでください」
とっさに、どころかなかなか自分のことだと気付けなかったは、慌ててロイに言った。
「それに、“掃除の”って聞こえてなんか嫌です」
「そうか?じゃあ、ホークアイ…」
「「はい」」
少佐、と続けようとしたところで、やや離れたところにいたホークアイとが同時に返事をした。
「…ホークアイが二人いたんじゃやりにくいっスね」
横を通りかかったハボックがぽつりと言って、さらに付け加えた。
「どっちかを名前で呼ぶとか」
「名前で…か…」
そう言うとロイは、こほん、と軽く咳払いをして言った。
「じゃ、じゃあ、リザちゅ…」
「待て待て待て待てぇえぇぇえっ!!!」
途端に、はものすごい勢いで待ったをかけた。
(冗談じゃない!!私が来たことでより二人の親密度、というか大佐からのアピールがバージョンアップするなんて許さない!!)
「大佐!私の方を名前で呼んでください!」
「…君を?」
「はい!」
いぶかし気に聞き返すロイに向かって、は力一杯頷いた。ここで退くわけにはいかない。
「じゃあ…少佐…」
言った後で、ロイは何だか面倒臭そうに溜め息をついて言葉を続けた。
「…お前は、と。もう呼び捨てでいいだろう?」
さらりととんでもないことを言ったロイに、は唖然とした。
「面倒だ。文句は言うな。以上」
「…は…?」
「うわー。こりゃ諦めた方がいいな」
ハボックにぽん、と肩を叩かれ、はへなへなと座り込んだのだった。





「…って言うの!ちょっとヒドすぎない!?」
ティーカップをがちゃん、と置き、は置いてあった砂糖菓子を一気に口に放り込んだ。
「まぁまぁ落ち着いて、
言ってなだめているのは、この喫茶店のオーナーを務めているである。がこの店に通い始めたことがきっかけで、二人は長いこと友人として付き合っていた。
「〜〜年頃の女の子を呼び捨てだよ!?ハボック少尉なんかはまだ気さくだし、気になんないんだけど」
「それで、何ていうお名前なの?あなたの上司様は」
苦笑しながらが聞くと、はぶすっとして言った。
「ロイ・マスタング。大総統になって軍の女性のスカートをミニにしようとしてる最低な男よ」
「…あ」
「だいたいさ、あんな人がなんでお姉ちゃんの上司なんだろう?もっと…そう、ヒューズさんとかさ!」
「…ねぇ、…」
もそう思わない?あ、ヒューズさんてのは中央の人で、家族思いの…」

「え、なに?」
だが、今の声はが発したものではない。はというと、目の前でやれやれ、と呆れたような顔をしていた。
「…………」
その瞬間に、は今の声が誰のものか悟った。ぎぎぎっ、と首を後ろに向け、笑顔満面のロイと目が合う。
「きゃああぁぁあぁあ!!!」
「待て」
全力で逃げようとしたより一瞬早く腕を掴み、ロイは不気味な笑みを浮かべながらの両肩を掴んで無理矢理自分の方を向かせた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「ふふふ、随分と好き勝手を言ってくれたな。どうしてくれようか」
「ケケケケシ炭だけは勘弁してください!おおお願いしますっ!!」
いつ指を構えられるか、とが半泣きで脅えていると、ロイがいきなりずいっと顔を寄せてきた。
「ぎゃーーーーーー!!」
「…色気のない悲鳴だな」
そう言って、手を放す。その場に崩れ落ちたのことをまたぎ、ロイは当たり前のようにさっきまでが座っていた席――の正面のカウンター――に腰を下ろした。
、いつものを頼むよ」
「はい」
そう言って、は奥の紅茶棚の方へ歩いていった。
「…え?あれ?大佐とって知り合い…?」
のそのそと復活したを一瞥して、ロイは「まだいたのか」とつっぱねた。
「まだいたのかとはなんですか!ここは私のお気に入りの、馴染みの場所で…」
「へぇ?」
そう言っておもしろそうに笑うと、ロイは座れと促した。
「…どぉも。」
「私もこの店には良く来るんだ。今まで会わなかったのが不思議だな」
「お待たせしました」
そう言って、が紅茶を運んでくる。ロイは目を細めてそれを眺めた。
「やぁ、嬉しいな。最近はまずい茶しか飲んでいなくてね」
「あー、だから…」
はぽんっ、と手を打った。
軍のお茶がまずいのは今に始まったことではないらしいのだが、最近は何を入れても「まずい」とつっぱねてくるので不思議に思っていたのだ。
「まぁ、マスタングさんもも機嫌を直して。せっかくのおいしい紅茶が台無しよ?」
「…うん」
「そうだな」
こうして、ちょっとしたお茶会が開かれることとなった。





「…ねー、大佐」
「なんだ、
「私があそこにいたのは、自分の勤務時間が終ったからなんだよね」
「…あぁ」
「大佐はまだ終ってないんじゃなかったっけー?」
「…………」
「今日のこと、お姉ちゃんに黙っててあげるから、さっきのこと水に流してくれません?」
「…等価交換、か?」
「そーそー。錬金術師は錬金術師らしく、ね」
「…仕方ないな」
「やった!」
…夕暮れの街に、二つの影が長く伸びていた。





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