陽だまり。 ……例えるなら、彼女はまさに陽だまりだった。 「ナオジ様?」 遠慮がちに、テントの入り口から声がかかる。仕事の邪魔をしやしないかと、気を遣っているのだ。 「…殿。どうかなさいましたか?」 事実、ナオジは今仕事中だ。ただし、最優先項目だとは考えていない。…それだけの、余裕はある。 「あの…お茶を」 「お茶?」 不思議そうに問い返す。はいつも、紅茶のことは「紅茶」と呼ぶ。茶、と言われて思い浮かぶのは、祖国の飲み物だ。 「はい。…入れてみたんですけど」 言って、が悪戯っぽい笑みを浮かべてマグカップを2つ持ってテントへと入ってくる。その香りに、ナオジは目を見張った。 「…殿、まさか」 慌ててひとつ受け取り、中を除き込む。 …マグカップの中に入っているのは、間違いなく緑茶だ。 「これをどこで…」 「秘密です」 …実は、卒業式の日にナオジに贈ろうと鞄に潜めていたのだ。ようやく茶を入れるだけの余裕ができたために用意したのだが、種を明かすとなんてことはないのでそう言っては笑った。 「……全く。あなたには驚かされますね」 追求することに意味はない。今はただ、彼女の好意を有り難く受けとることにしよう。 「お疲れでしょう?一息つきませんか」 「ええ、そうですね」 本来ならどこか眺めの良いところにでも行きたいが、周りの兵士の目もある。大人しくテントの中で飲んでおこう。 「…殿も、お疲れでしょう?」 「え?あ、私はそんな、疲れてなんかいませんよ!全然です」 わたわたと手を振るを見て、ナオジは僅かに苦笑する。 (…嘘ばっかり。) 彼女は嘘をつくのが壊滅的に下手だ。心理戦には完全に不向きな性格だが、ナオジはのそんな素直なところが気に入っていた。 (他の兵士やルーイの元へも行っているでしょうに…) 彼女は彼女なりのやり方で、懸命に動いている。自分の功労をもっと自覚してもいいのに、と思いながら、ナオジは立ち上がった。 「ナオジ様?」 「…あなたが自身を労わないなら、自分が労いますよ。」 「え?」 きょとん、としたの顎に、そっと手をかけ持ち上げる。 「ナ、ナオジ様!?」 「…ご褒美です。」 もう片方の手で、の唇に触れる。僅かに空いた唇の隙から、ナオジは指につまんでいたものを滑り込ませた。 「んっ……」 口に含んだのを確認して、手を離す。 「…落雁です。以前も食べたことがあるでしょう?」 「あ……」 ようやく、甘みを感じる余裕ができたらしい。とてもとても幸せそうに微笑って、「美味しいです」と呟いた。 「あなたが自分を心配してくれるように、自分もあなたを心配しているのですよ?」 言って、茶を口に含む。慣れない茶のためだろう、大分苦味が強いが、落雁をつまめばちょうど良い。 「……?ありがとう、ございます…」 よくわからない、そんな表情で言ったに、ナオジは笑みをこぼした。 …何に対しても素直なくせに、人の好意には簡単に気付かない。それでいて、疲弊した自分をやわらかく、あたたかく包んで癒してしまう。 …陽だまりのように。 「殿、次の作戦にはあなたにも参加して頂きます。よろしいですね?」 「は…はいっ!」 ともすれば日陰で闇に染まりそうな自分を、いとも容易く陽だまりへと導いてくれる。…あなたがいてくれれば、自分は。 「…頼りにしてますよ」 「はいっ!」 ……その、笑顔が。 S u n s h i n e . ---------------------------------------------------------------- BACK |