誕生日が嫌いだったの。 私が生まれなければ、 私が生き残らなければ、 私が死んでいれば。 (お父さんは死なずに済んだ) そうやって、鬱々と考え込んでしまうから。 誕生日が一番嫌いな日。 誕生日になると落ち込む。 …きっと、浮かれウサギは私の分身だわ。 私は別に浮かれちゃいないけど、誕生日には落ち込むもの。 「アリス」 「…なあに、チェシャ猫。」 あの事件があったあと、私は叔父さんの家に引き取られた。 叔父さんもおばあちゃんも優しくて、本当によくしてくれて、私は「幸せ者」だと思う。 けれど、幸せ者である資格なんてあるのかなって、そんな意識もあったりして。 「アリスは今、落ち込んでいるね」 …にんまり笑ったチェシャ猫にそういわれ、アリスはジト目でチェシャ猫を睨んだ。 …出窓の上においてある、生首を。 「チェシャ猫は、私の心を読むのをやめたほうがいいわね」 「どうして?」 「私の機嫌が悪くなるからよ」 ぶっきらぼうに言って、再び前を向く。…時計の針は、11時58分を指していた。 (0時になったら、24時間は私の誕生日なんだわ) 誕生日を祝ってくれない母親は、もういない。 誕生日を祝ってくれる人は、いない。 なにも変わらないといえば変わらないのかもしれない。 机に突っ伏し、再び鬱々と考える。…頭上から、チェシャ猫の声が降ってきた。 「アリス」 「なによ!」 今度はなんだと不機嫌も露わに言うと、チェシャ猫はいつもと変わらぬにんまり笑顔で言った。 「アリス、誕生日おめでとう」 「………………え?」 何を言われたのかわからず、一瞬思考が停止する。 ゆっくり首を回すと、時計の針は0時を回っていて。 再びチェシャ猫に視線を戻す。 「…なん、で?」 「今日は、アリスの誕生日だからね」 祝うのが当たり前。 そう続けたチェシャ猫に、アリスは言葉を失った。 (…祝って、) 誕生日を。 (……祝って………) くれる、人なんて、いないって。 「……ばか。」 ぎゅ、と猫の生首を抱きしめる。 「アリス、苦しいよ。猫は窒息すると死ぬんだよ」 もごもごと聞こえる声に、くすりと微笑が漏れる。…人、じゃないけど。生首、しかも猫の…だけど。 「チェシャ猫は、私を喜ばせすぎない方がいいわ」 「どうして?」 「私が抱きしめて、窒息死しちゃうからよ」 ふふ、と笑って首を持ち上げる。 「ありがと、チェシャ猫。嬉しいわ」 その瞬間、とんとんと部屋がノックされた。 「わ、え、はい!!」 わたわたと布団の中にチェシャ猫の首を放り込む。苦しいよアリス、と不平を唱える声が聞こえたが、それはこの際無視した。 「亜莉子?起きてるか?」 「うん!」 外から聞こえたのは、叔父さんの声。 一体なんだろうと思いながら扉を開けると、甘いにおいが鼻を突いた。 「ハッピーバースデー、亜莉子!」 両手に抱えられた巨大なホールケーキ。チョコレートで書かれた自分の名前。 …幼い頃夢見た、誕生日ケーキだ。 「あ…あり、が……」 言葉が詰まる。 涙で、前が見えない。 「馬鹿だな。泣くヤツがあるかよ」 ぽんぽんと頭をたたかれる。…それは、本当にあたたかい手のひらだった。 「これから居間でパーティーやるから、寒くない格好して来いよ」 「うん!」 部屋の中に戻り、カーディガンを手にする。窒息する前に、とチェシャ猫の首を布団から出すと、にんまり笑顔が言った。 「アリスは一人じゃないよ」 「……え?何か言った?」 窓辺に置いたチェシャ猫の首が呟いた言葉は、アリスの耳には微かに届かなかったけれど。 「いっておいで。」 そう言って、チェシャ猫はいつものようににんまり笑ってアリスを送り出した。 「…僕らのアリス、君の望みは、いつだって叶えられるんだよ」 今までも、これからも。 「僕が君を、導くからね。」 明かりの消えた部屋には、にんまり笑いがぼんやりと浮かび上がっていた。 ---------------------------------------------------------------- HAPPY BIRTHDAY Dear HARU vv BACK |