くるくる、くるくると。
世界が廻る。それとも、…廻っているのは、
「わたし…?」
わ
ずかな眩暈
「げんうん?」
「眩暈、めまいのこと。これを持病に持つ人を、眩暈持ちという。…あんた、これじゃない?」
電子辞書片手に、園子が自分の頭を指差して言う。
「一旦、病院行った方がいいんじゃない?心配だよ」
「大丈夫だって。倒れたわけじゃないんだし」
「でもねぇ…」
心配する園子の言葉を笑って流すと、は帰り支度を始めた。
…なぜだろう。
最近、世界が廻っているような感覚に陥ることが多い。
くるくるくるくる、目が回らない程度に、それでもちゃんと立っていることはできないほどに。
(…なぜ、なんて。)
本当は、わかっているくせに。
それに気付かない振りをするから、眩暈は止まない。止まない眩暈を止める術を知らないのだから、どうしようもない。
「あ、病院が嫌なら、新出先生に見てもらう?」
ド、クン。
「い…、いい、よ…」
唐突に出された名前に、心臓が大きく脈打つ。
…わからない振りをしていたというのに、肝心な時には単純に反応してしまう。
人の心なんて、そうそう器用にできているわけではない。
(そう…だから…)
だから、だから。
「……っ、!!」
くるくる、くるくると。
世界が廻る。それとも、…廻っているのは。
「…気がついたみたいだね、さん」
頭上から降ってきた声に、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に捉えた姿は、想像していた通りの人物だった。
(…学校の中で倒れたりしたら、ここに運ばれるのは必然だもの)
ねえ、想像できていたんだから、お願いもう少し落ち着いてよ私のこころ。
「…、新出先生」
微かに嗄れた声でそう呼びかければ、やわらかな笑みが返ってくる。
真冬の桜の木に、ぽつりと淡紅色の花が咲いたよう。
…そう、そこだけ春になったみたいに。
「鈴木さんが、ものすごい剣幕で飛び込んできてね。君が倒れたって」
ゆっくりと伸ばされた手が額に向かっていることに気付き、反射的に目を瞑る。
さらり、と髪がかきあげられたことは感じるのに、そこに人のぬくもりは感じない。
そこでようやく、自分の額に濡れたタオルが置かれていたことに気が付いた。
「あの…ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
タオルを濡らしに行っている新出の後姿に向かって、小さく小さく呟く。
聞こえないかもしれない、と思ったが、どうやらしっかりと聞こえていたらしかった。
「気にする必要はないよ。それより、最近眩暈がひどいらしいじゃないか。大丈夫かい?」
「……はい」
あなたのせいです、なんて。
言えたらどんなに楽だろう、と思う。
(…先生のことを、考えるとね)
心が悲鳴を上げるの。
理性は訴える、望みのない思いは捨てよと。心は首を振る、それでも私は先生が好きだと。
その歪みに耐え切れなくなった結果が、今の自分だというわけだ。
(かっこ悪い、な…)
ごろり、と新出に背を向ける形で寝返りを打ち、しわのできたブラウスで目元を拭う。
どうすればいいのか、わからないのだ。
「眩暈に効く薬を、あげようか?」
「え……?」
その言葉の意味を反芻するより早く、くるりと体が反転して新出のほうへと向けられてしまった。
まだ潤みの残る瞳を見られたくなくて、反射的に布団を引き上げようとする。
すっ、と。
それより先に、視界が何かに覆われた。
…今度は、人のぬくもりを持って。
「我慢のしすぎはいけないよ。心が悲鳴をあげているだろう?」
(…ああ、どうして。)
どうしてそんなに簡単に、私のことをわかってしまうのですか。
「…泣いて、いいんですか」
先生は、優しい。
「いいんだよ」
先生の言葉は、心の泉を満たしてくれる。
「……っ、…」
ねぇ、だから、余計に、私は、
あなた の 優しさ が こんなに も痛 い。
眩暈が止まらないよ。
「先生、…私、お願いがあるんです」
「うん、なんだい?」
この眩暈を止める術を私は知っている。
でも、それがかなわないことも同時に知ってしまっているから。
今だけでいい、今だけはこの眩暈を止めて。
「抱きしめて、もらえませんか」
花のようにやわらかく、春のようにあたたかなあなたのことだから。
きっと私を慰めるために、それをしてくれるのでしょう。
それ故に、この眩暈はいつになっても終わらない。
くるくる、くるくると。
世界が廻る。私も廻る。それは、終わりの来ないメリーゴーランドのように。