「秀一」
小さく、口に出してみる。
「…なんだ。」
その小さな呟きに、応える声がある。
「なんでも……ない。」
そんな、当たり前のような、普通のことが、
どうしようもなく、愛しい。
風に吹かれたら
消えてしまいそう
根っこのない草みたいな人を、根無し草っていうんだって。
そう言うと、そうか、って一言返したっきりで、それで会話は終わった。
続ける気がないというより、別に興味がないだけらしい。
「…なんで急にそんな話題を出すんだとか、言わないの?」
「? が話したかったから、話したんだろう」
不思議そうに言われて、返す言葉が見つからなかった。
…そう、なんだけど。
「つまんないー。」
「…は、時々わからないな」
「そう?」
私には、秀一のほうがよっぽどわからないけどね。
心の中でだけそう返し、ぺろりと舌を出す。
無論、これも心の中でだけ。
あなたは まるで 根無し草 だから。
(…不安に、なってしまうの)
何も言わずに何日もいなくなったかと思えば、
唐突に帰ってきてしばらく動かなくなったりもする。
連絡がつかずに泣きはらした目をしたの背中を、とんとん、と。
子供をあやすように、落ち着かせてくれたり。
(なんで、心配させた当人にあやされなきゃならないのよ。)
なんて思いながら、みるみるこころがあたたかくなってしまって。
「秀一は、ずるい。」
「…、お前はわからないことばかりを言うな?」
文体としては成り立っていても、文章としては成り立っていない。
何を伝えようとしているのかがうまく伝わらず、赤井は苦笑した。
…たまの休みくらい、一緒に過ごそうと。
を呼んだのだが、さっきからずっとこの調子だ。
(…俺が、を不安にさせているのはわかっているけれど)
だからといって、今の生活を変えることは、できない。
けれど、だからこそ、僅かに触れ合える瞬間を、大切にしたい。
「。」
「…うん。」
「お前が言うことは、わからないことばかりだ」
「………うん。」
視線を落としている赤井からの顔は見えないが、不貞腐れていく様が見えるようだ。
「…不貞腐れるな」
「ふ!?ふ、ふてくされてなんかないよっ!」
慌てたように返され、苦笑しながら顔を上げる。
そうして、頬を染めて反抗していると、目が合った。
「最後まで聞くんだ。…お前の言うことは、わからないことだらけだが」
そこで言葉を切って、そっとの手を引く。
「わ、」
ぽすん、と赤井の腕の中に納まると、赤井の声が上から降ってきた。
「理解するように、つとめる。だから、拗ねるな。」
「………ばか。」
(別に、拗ねてるわけじゃないのに。)
それでもあなたはそうやって、簡単に私の心をほぐしてしまう。
きっと、明日にはまたどこか遠くへ行ってしまうのに。
(…この、あたたかな言葉も、ぬくもりも、優しさも。)
そのどれもが、大切で愛しくて、そして切ない。
わかってはいるけれど、わかってはいたって、わかっているふりをしているだけ。
あなた自身も、あなたの言葉も。
風に吹かれたら消えてしまいそう