別に期待なんかしてない
貴方が優しく微笑むのは、生徒には誰にでもそうだから。
別に、勘違いなんかしてない
貴方が特別に優しくしてくれるのは、ただ仲のいい生徒だから。

別に・・・ショックなんか受けてない
貴方に、特別な人がいる、という噂なんて
ショックなんて受けてない、受けるわけない、よ。
貴方は、とても素敵な人なんだから、そんな噂くらい気にしないって振舞えるよ。

貴方にとって特別な人じゃない今のあたしは・・・。
そんなことでショックを受けるなんておかしいから。
だけど、ほんの少しツキン・・と痛むのは仕方ない、だって貴方が好きなんだもの。







  頼しています






さん、お客さん。」
「お客?」
「そ、工藤君。」
「・・・あー、工藤君・・・。」
よっこらしょ、と言う姿に友人が笑う。
人気者は辛いわね、という言葉にはいはい、と簡単に切り返してドアのところに立っている彼に向けて足を進める。

「何か、用事でもあるんでしょうか?」
「・・・・冷てぇな。」
「今、ちょっと不機嫌なの。」

ちょっとじゃねえだろ、と彼は笑う。
預かりもん、と彼は紙袋を差し出す。その中身は彼の彼女からの贈り物。
誕生日だったんだって?と聞いてくる彼に、確かに今日はそうだと頷く。

「蘭のやつ熱出して、今日休んでんだよ。」
「あー、で、代わりに持ってきてくれたんだ。」
「そういうこと。」
「それは、どうもありがとう。」
「・・・・心こもってねえな。」
「こめてるよ、詰め込んでるよ。蘭ちゃんにありがとうって伝えて。」

ったく、と彼は後ろ頭を少し引っかくようにして、視線を空に向ける。
誕生日くらい、教えろよな、とぶっきらぼうに言う彼は可愛い年下の男の子。
(1つしか変わらないけどね。)

「ってかさ、そろそろ言ってみたら?」
「何を?」
「新出にだよ。」
「ちょっ!声大きい!!」
の方が大きいだろ。」
「・・・ムカツク。」

クッと彼は小さく笑って手を振って自分の教室がある階へ戻っていく。
いいことあるかもしれないぜ、誕生日だろ?と何を根拠にと思えるほどの言葉を残して彼はいなくなる。
警視庁にでも立ち寄るのだろか、それとも蘭のところへ行くのだろうか、優しげな笑みを浮かべているからきっと後者。
参ったな、と蘭からの贈り物についたメッセージでまた同じことを思う。
二人して、応援してるからって・・先輩の威厳なんてまるでナシ。







「あれ?さん。」
「ヒッ!!」

ポン、と肩に手を置かれて、まるでホラー映画のヒロインのような声をあげてしまう。

その声に、笑いながら謝ってくるのは白衣の校医。
ああ、新出先生、こんにちは、と返す声は裏返っていないだろうか。

「驚かしてしまったみたいで・・。」
「あ、いえ、勝手に驚いただけですから。あはは。」
「驚かせたのは、僕ですけどね。」
「あ・・まぁ、確かに・・そうですね。」

そんなやり取りをしながら、彼の依頼を受けて保健室へ足を運ぶ。
クラスに配布するプリントが結構な量なんですよ、と彼は微笑む。
太陽が西に傾くときに出す優しいオレンジ色のような、暖かい笑みと声に自然と頬が熱くなる。
さんが、暇でよかった、と彼はまた微笑む。
その一言がうれしくて、白衣の裾をつかもうと手が伸びて寸でのところでまた引っ込めてしまう。
(あ・・危ない。何、やってるんだろ・・)


「そういえば、誕生日なんですね。」
さっき工藤君と話してましたね、と笑いながら聞かれてなんとなく照れくさくて夕日を見ながら答える。
「そうなんです、今日誕生日なんです。」
「へぇ、それは・・。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」

何もないなぁ、と彼は真っ白な保健室の中をぐるぐると歩き始める。
いいですよ、と言うと同時に彼の足が止まって日のあたるところにあった花瓶から一輪の花を差し出してくれた。
女性の誕生日は、やはり祝わねばなりませんからね、と薄いピンク色のガーベラが手の中に納まった。

「似合ってます。さんは、そんな穏やかな色が合いますね。」
「そ、そうですか?」

照れ隠しも限界で、なるべく顔を向けないように話を進める。
クラス分まとめるプリントが思うように数えられない。
手に汗を握る、なんて運動以外ないのかと思っていたのに今、まさにそんな状況。
18歳なんですね、という声にまた、ドキリと心臓がうるさくなる。
あと2年したらお酒が解禁です、と笑うとさんは、以外に強そうですね、と先生も笑う。


「18になれば、結婚もできますよ。」
「あ、あぁ、そうでした、ね。」
さんは、結婚したいと思いますか?」
「まぁ、それなりに。新出先生は?」
「僕も、それなりに。」

その答えに右手にあるガーベラを揺らしながら笑う。
好きな人の前で恋愛の話をするのは、結構キツイと悟る。いつ倒れてもおかしくないほどに心臓がうるさいから。
今、今伝えてもいいのだろうか。
だって限界を超えてしまったら、きっと顔をあげて話すこともできなくなってしまう。


「どうかしました?」
「え?」
「急に黙り込んで、具合でも?」
「い、いいえ。そんなことないです。」

もうすぐ、卒業。3年間通ったこの校舎ともお別れ。
つまり、もうすぐ先生ともお別れ。
卒業式の練習も日が迫るにつれ、午前中すべてを使ったり、午後からだったりと時間が長くなる。
自由登校ももうすぐ始まるから、きっと今が一番大詰めなんだろう。


「もうすぐ卒業ですね。」
「そう、です。」
「・・・じゃぁ、もういいかな。」
「え?」

パラパラとプリントが風で舞う。
白いカーテンがもふわり、とあたしと先生を包むようにして舞い上がる。
厳しい凍てつく寒さのない風がそっと頬をなでて、その後に額に先生がキスをした。



「っ・・せ、ん・・・せい・・?」
「もうすぐ、そうじゃなくなる。」
「・・・・でも、彼女とか。」
「いないよ?」

噂話だから、放っておけばいいよ、と彼は笑う。いつも微笑みじゃなくて、いたずらを企む少年のような笑み。
そんな表情を見るのは初めてで、不意に頬が熱くなる。

「我慢の、限界のようです。」
「あの、先生?」
、って呼ぶのも悪くないかな。」
「わ・・るく・・・って、先生口調・・何か・・・変。」
「変って、仕方ないよ。これは仕事用じゃないからね。」
「・・・って、それ・・・って。」
「そう、今さんが思ってることで合ってるよ。きっと。」


プリント、何枚目だっけ、今、何時だっけ。荷物、まだ教室だったかな・・・。
そんなどうでもいいことが頭のなかを駆け巡って気がついたら、目の前にあるのは先生の瞳。
真っ赤な顔したあたしが映ってる。


「残りの高校生活、秘密の時間共有してみようか?」

宙に浮いてるような感覚のなか、あたしは黙って何度も首を立てに動かした。
この気持ちだけは、ずっと変わらなかった。
だから、あたしも先生を信じることにしよう。
この優しい微笑と、いたずらっこみたいな微笑を浮かべる彼を。