真意の見えないサングラス、本音を隠す不敵な笑み。
それが彼の持ち味であるとわかってはいるけれど、今日ばかりは何故かそれが疎ましくて仕方なかった。
…瞳を見たいと、思ってしまった。






「…明日だね」
「ああ」
ただ短く、一言だけ。そう言って、松田は煙草の煙を吐き出した。
「何が」と聞くでもない。その会話は年に一度の恒例行事のようなもので、それはお互い承知の上だった。
彼の、そしての友人が旅立ってから、4年になる。
その4年が長いか短いかと聞かれたら、黙って首を振って応えることにしている。
「わからない」と。
彼がいなくなってからも、彼はずっと横にいた。私の横に、松田の横に。
(今年が)
勝負だ。
カウントダウンのFAX、それは今年を勝負の年にするという宣戦布告だ。
最もそれを宣戦布告と受け取っている人物なんて、自分と松田くらいだと思うけれど。
「終わらせる」
「………ん」
終わりにしよう。
本当はそういいたかったのに、なぜか言葉が出てこなくて、小さくうなずくことしか出来なかった。
この4年、ずっとずっと戦っていて、それがやっと明日終わるかもしれないのに。
(どうして)
…どうして、
こんなに、不安な気持ちになるのだろう。何が終わると、言うのだろう。
「ねえ、松田、」
「あ?」
呼びかけたに応えて、新聞を小さく下げ松田が返す。
…相変わらずサングラスに遮られた瞳の色は見えず、その奥を垣間見ることは叶わなかった。
「なに、考えてる?」
「……さぁな。」
そう言って、再び新聞の陰に顔を隠す。表情を読み取る手段である口元すら、見えなくなってしまった。
(……そうだね)
そうやってあんたとあいつは、見えないところで会話をしてた。
その仲の良さを私が妬んですねると、悪かったとちっとも悪がってなんかいない口調で謝ってきて。
(…ねえ。)
萩原、私さ、頑張ったんだよ、この4年。
松田のこと、知りたいって。もっとわかりたいって、近付きたいって。
それでも、瞳の色を見ることは出来なかったの。
応えてなんてくれなかった。
(……きっと、)
松田は、今もまだ、

「…………また、明日ね。」

そう言って、くるりと背を向ける。
「オゥ」と返された言葉に、何故だろう、一瞬時が止まったように感じた。
(…なに?)
それでもそのときは、それが何かに気付けず、そのままその場を去ってしまった。
家に帰り着いてからそのことに気が付いたけれど、不安を押し込むように夕飯をかきこんでそのまま寝てしまった。
そう、彼はいつも、

「またな」

と、返してくれていたのだ。







「…朝だ。」
カーテンの隙間から差し込む日差しは、どこまでも明るくやわらかい。
それなのに。


どうして私は、泣いているの?







  拠のない不安