バーカウンター独特の背の高い椅子。
両足を組み、ヒールを足場に引っ掛ける。
時折動かして、足を組みかえる仕草 この薄暗いライトの元では一層妖艶に見える。
ウォッカは、ゴクリと喉を鳴らす。






  束のかわりに






「ねえ、お願い。」

静かな空間を切り裂くように、落ち着いたけれど女性特有の声が響く。
真っ赤なルージュを引いた唇が弧を描く。
艶やかなその唇に挟まれたタバコにそっと火が近づく。
ジッポが独特の音を立ててあたりを一瞬だけ明るくする。
暗闇にできるその一瞬の光はすぐに真っ黒な世界へと飲み込まれる。

たいしたもんですぜ、とウォッカが笑う。
兄貴にそんなこと頼めるのは、姉さんしかいませんから。と

「そんなこと無いわよ。ねえ、ジン。」
「さあな。」

カラン カシャン と氷が溶けてグラスにあたる。
その音が暗闇を一層引き締めるように感じる。
目の前にいる男は、その心も凍り付いているように感じる。
肌身はなさないのは恋人でも、部下でもなくて、唯一自分を救うことのできる拳銃。
重たい鉄の塊は、時として人の命をたやすく奪ってしまう。
けれど、その逆もある。
彼の周りは常に緊迫した緊張の糸が張り詰めている。

それが、心地良いと感じてしまう自分もどこか麻痺しているのだろうか。
彼の隣が、心地良いと無意識に感じている。
冷たい空気、静かな空間、ひんやりとした地下の一室。



「こんなところで何をしているんだ?。」
「いいじゃない、たまには休憩をしても。」
「質問を変えよう。」

カツン・・・と革靴がタイルに当たって遠くまで響く。
この空間ではその音は余計に大きく反響する。まるで洞窟の中にいるようだ。
胸元に彼がゆっくりと手を入れる。
そこにあるのは、ジンと同じようにが絶対に手放さない1つの拳銃。

「・・ん、・・。セクハラよ、ジン。」
もれる声に彼は静かな笑みを浮かべて一気に鉄の塊を抜き取る。
手荒さは彼らしいけれど、微かに肌に触れた冷たい感触にゾクリと鳥肌が立つ。
まるで、彼そのものに触れたようだと思う。

「何をしにきた?」
「用事がなくて来たらいけないわけ?」

カチャリと向けられたその音に、の眉間に深いシワが刻まれる。
酷い男、と赤い唇から白い煙を吐き出す。

「誰かに尻尾を捕まれでもしたら。」

その時はと空気が振動して、カウンターの中にある瓶が砕け散る。
中に入っている赤い液体がまるで血のように見える。
割れた瓶は、自分の名前が刻まれたものだろうか。


「こうなることを覚悟しておくんだな、。」
「本当に、酷い男だわ。ジン。」


タバコを灰皿に押しつぶして、そっと椅子から立ち上がる。
足場にヒールを引っ掛けた真っ黒のハイヒールが、カツン・・と音を立てて足から落ちる。
それすら気にせずに、赤く染まった爪が光に反射するその足先を一歩彼に近づける。
されにもう一歩、冷たい瞳の彼に近づいて、口付けをする 心まで凍りついた彼の唇は、温かい。
その温もりを確認するように、深く口付けて、そっと離れる。
微かに香るウォッカの香りとタバコの香り。


「ごちそうさま。」

そっと微笑んで、片手に靴のかかとを引っ掛けてもう片方も同じように足先の真っ赤な爪が露出させる。
ひんやりとしたその床は素足にはまだ寒い。
もう行くわ、と車のキーを手に取ってジンの手から銃を奪い取る。
一歩足を踏み出した瞬間に、ものすごい力で引き寄せられて乱暴に唇を奪われる。

肌身はなさずの拳銃。
凍りついた瞳。
触れるのは熱い唇。

僅かな声が洩れて、そっと唇が離れる。

「赤いわよ。」

口元に指を近づけて、親指を押し付けるようにその後をなぞる。
真っ赤なルージュがジンの唇からの親指に映し出される。


キスだけは 温かい

会う時間を約束できないかわりに ただ キスを
まだ彼に会う時間はあることを 無意識のうちに確認をする。