……その人は、なんだかとても儚かった。






孤独   をうつした その姿






「…何を、しているんですか。」
口にしてから、後悔する。そんなの、決まっているじゃないか。
「…バイオリンを、弾いているんだよ。」
そんな自分の呆けた質問も馬鹿にすることなく、その人は微笑んでそう返してくれた。
「…そりゃ、そうですよね。すみません」
「いいや。……」
無言の問いに、は慌てて言葉を続けた。
「あ、私は…その、ここ昼寝スポットで、」
怪しいものじゃないんですと、両手をブンブン振って言う。

…鬱蒼と繁った木々の中で、
そこだけ木が生えることを拒んだかのように開けた地。
湧き水なのか、どこかから流れてきているのか…それは知らないが、
中央にある泉には、常に水があふれていた。
事実、ここはにとって絶好の昼寝スポットだった。
今も寝ていて、何やら聴こえる綺麗な旋律を追ってきたら、彼がいたのである。
…幼い頃、一時期習っていた事があったから、惹かれたのだろうか。
バイオリンの、その響きに。

「…邪魔、したかな。」
「いえ、とんでもないです!」
そう、なら良かったと返し、再びバイオリンを構える。
…聴く体勢になって座り込んだに、最初は驚いた顔をしたが、すぐに黙って微笑んだ。
どうやら、聴く許可が降りたらしい。

―――― ………

…バイオリンを主旋律に、木々のさわめきや鳥の鳴き声がのる。
難しいことはわからない。わからない、けれど…
(優しい旋律……)
自然、ゆっくりと目を瞑る。
胸の中にじんわりと染みこんでゆくような、
水に滲んで溶けるような。
(けど…淋しそう………?)
その人の奏でる音は優しくて、あたたかいけれど…どこか寂しかった。
なぜ、そう感じるのかはわからないけれど。
「……どうしたんだい?」
「……え?」
ふと気付いたら、音色は聴こえなくなっていて。
彼が、困ったような顔でこちらを覗き込んでいた。
「何が…ですか?」
すっ、と指を伸ばされ、頬をつたう涙を拭われる。
…そこに至って、ようやくは自分が泣いていたことに気付いた。
「え、わ!?ご、ごめんなさい…!」
飛び上がり、慌てて謝る。
演奏を聴いていきなり泣いたりして、失礼にも程があるだろう。
「君は、優しいんだな」
「………え?」
そんなの心情とはうらはらに、彼はそっと微笑んだ。
(やだ)
笑わないで。
…そんなに淋しそうに、笑わないで。
無意識の内に、は強く手を握っていた。
その手を黙って握り返し、ポツリと呟く。

「…僕の代わりに、君が泣いたんだ」

君は、優しいんだな。 そう、もう一度、繰り返す。
「僕の音色を…そのまま、受け入れてくれたんだね。」
笑わないで。
そう口にすることも叶わず、は黙って首を振った。
今度の涙は、きちんと自覚して。
「…………やめて。」
そう、泣きはらした目で訴える。
この人の淋しさの原因がわかった。

孤独だ。

今も、さっきも、そしてきっとこれからも。
この人はこうやって笑って、人を遠ざける。
………何かを、成すために。
「やめて…………」
笑わないで。
私を、遠ざけないで。

「………ごめんな。」

すっ、と立ち上がり、バイオリンを構える。
(………鎮魂歌?)
幼い頃の微かな記憶を辿り、タイトルを引きずり出す。
(………誰に?)

この人は、誰に鎮魂歌を捧げているんだろう。

切ない。
胸が苦しい。
息ができない。
(………だめだよ)

やめて

とめたいのに 声もでない

…頭が、ぐらぐらする。
ああ、私、この人の名前も聞いてなかった…
どさり、と。
そんなことを考えながら、はその場に倒れ込んだ。






『羽賀響輔』

「……はが、きょうすけ。」
ぎゅ、と。
あの日かけられていたジャケットを握り、復唱する。
紙面の彼の顔は、間違いなくあのときの彼で。
「……きこえるよ」
あなたの、悲しい叫びが。
「…待っててね。」
私も待っているから、あなたも待っていてね。



…あなたの笑顔を、見せてください。