「…くさいよ?」
開口一番そう言って、はひきつった笑みを浮かべた。
・・・
酔ってる
「うっわぁ。傷付くねぇ」
「ありのままを言っただけ。何杯飲んだの?よくここまで真っ直ぐ来られたわね」
チェーンを外して招き入れると、はキッチンへと赴きコップを手にした。
酔っ払いにはまずは水、と相場が決まっている。
(氷、あったかな…)
冷凍庫に手をかけたところで、その動きが止まった。いや、止められた。
「……酔っ払いのセクハラなんて、どこの課長さん?」
「全国の課長さんに失礼だろーが」
ぎゅう、と後ろから抱きしめられ、ふぅとため息をつく。
酔ってなおこの力。振りほどくには少々骨が折れるので、しばらくそのままにしてみた。
「…が冷たいィ」
放置プレイに入ったにそう言って不満を漏らすと、萩原はふぅとの耳に息を吹きかけ、そのまま耳朶を甘噛みした。
「ひぁっ…!」
不意打ちの攻撃に、思わずコップから手が離れる。
ゴトン、と鈍い音をたて、コップは割れることなく着地した。
酒屋でもらった粗品だが、そういうものに限って丈夫にできている。
「ちょっ…あのね、研二!どこ触ってんの!」
「んー?どこって、そりゃ…」
「言わなくていいっ!!」
拘束された手で抵抗するのは諦め、は思いっきり右足を後ろに向かって蹴り上げた。
「……………っ!!っ、それはいくら何でもっ…!」
悶絶している萩原を無視し、落としたコップを拾い上げる。
ヒビがないか確認してから、そこに氷を入れて水を流し込んだ。
「酔っ払いさんに抱かれるなんてごめんよ。水飲んだら帰ってね」
ことん、とテーブルの上にコップを置き、リビングへと向かう。以前の記憶が蘇り、軽く身震いした。
…酔った萩原の辞書には、加減の文字がない。
(明日は仕事も朝早いんだし…)
とっとと帰ってくれないかなあ、なんて結構ひどいことを考えていると、不意に部屋の電気が消えた。
「……え?」
停電?と思った次の瞬間には、つん、と鼻を突くにおい。
(! やばっ)
身をもたせかけていたソファから身を起こそうとするも、時既に遅し。真正面から抱きしめられていた。
「研二!」
「んー…もう少し」
「…研二?」
なんだかいつもと、様子が違う。
そういえば、以前もこんなことがあった。
あのときは酔ってはいなかったけれど、なんだか妙にテンションが高くて、でも、どこか寂しそうで。
(…しようがないなぁ)
このひとは、時々とても弱くなる。
潰れてしまうほどには酒に頼らず、ここまで来たのは自分を頼ってくれたから。
そう考えると、なんだかどうしようもなく愛しくなった。
…まるで小さな子供のように、自分に甘えてくる存在。
「……はいはい。」
ぽんぽん、と背中を叩いてやると、きょとん、とした空気が伝わってきた。
姿が見えない分、流れる空気に敏感になる。
「…なぁ。」
「なーに?」
抱きしめられた状態のまま、しばらく身を任せていると、酒の入っていない落ち着いた萩原の声がした。
酔いも引いてきたらしい。
「…抱いて?」
今度はがきょとんとする。改めてそんな風に言われるとなんだか照れくさかったけど、ふわりと笑って言った。
「ん。」
広くて大きな背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
さらりと耳にかかった萩原の髪はくすぐったかったけど、それもなんだか心地よかった。
「…やべ、火ィ点きそう。」
「ばーか。」
また明日、笑っておはようと言うために。
今はゆっくり休んでね、いとしいひと。