何をしているのだ、私は。
……何を考えているのだ、私は。

「…アクラム?」
そっと横手からかけられた声に、アクラムは閉じていた眼をうっすらと開いた。蒼く深い瞳が、まだあどけなさを残す少女を捕らえる。
「……なんだ、神子」
「なんだ、って……なんか、元気ないみたいに見えたから。大丈夫かなって」
そういって、心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「大事ない。…不用意に私に近付くな」
「? なんで」
「…私は鬼だ」
「だから?」
怖くないのか、と。
もう、何度となく繰り返した問いを、再び口にしかけ、留まる。きっとまた、同じように返すのだ、この娘は。
(…私は、何がしたいのだろうな。)
空に在る月を見上げ、再びゆっくりと眼を閉じる。
京に滅びをもたらそうとしたこともあったが、正直、今はどうでもいいと感じていた。人の世に嫌気がさしたのかもしれない。わざわざ自分が動かなくとも、遅かれ早かれ、この京は自ずと滅びへ向かうだろう。
(…だと、言うのに。)
呼びかければ応えると知っていて、自分はこの少女を呼び出している。
…なんのために?
「アクラムっ」
「………なんだ」
ぐいぐいと着物の裾をつかまれ、再び切れ長の瞳をそちらへ向ける。
「なに考えてるの?京を滅ぼそうとか考えてた?」
「……そのようなことは、考えていない」
事実だ。
ただそのままを告げただけなのに、少女はきょとんとしてアクラムを見つめた。
「……ほんとに?」
「虚偽をお前に言ったところで、私に何の得がある」
「…そりゃ、そうだけど」
じゃあなんなのよぅ、とぶつぶつ言いながらも座り直し、ふてくされたように頬を埋める。その様を見ている内に、ふと口元に笑みが浮かんだ。
「………っ!?」
それに気付いた瞬間、アクラムははっと手で口元を覆った。少女はまだ、気付いていない。
(……なぜ)
何故、今…微笑った……?
自分のことなのに、まるで自分の意思とは別のところで他の誰かが勝手に行動しているような奇妙な感覚を覚える。…やはり自分は、少しおかしいのかもしれない。
「…私は結構、好きだよ。アクラムのこと」
唐突に聞こえた言葉に、体がビクリと震える。
「…………何を、」
「…もう、人の話聞いてた?だからアクラムも、早くこんなことはやめてってば。私、あなたと戦いたくない」
なんだろう。
心の深いところで、なにか聞こえる。
それは…そう、例えるならば……警鐘だ。駄目だ、と、自分の中の誰かが、警鐘を鳴らしている。それ以上は駄目だ、と。
「……神子。もう帰れ」
「え?」
「次は神泉苑だ」
「神泉…苑………?」
わけがわからないままの少女をそのままに、アクラムは踵を返した。これ以上、言葉に耳を傾けてはいけないと思った。
……絶対に。
「アクラムっ!」
呼ぶ声に応える者はおらず、夜の静寂に響くは己の声ばかり。
「アク…ラム……」
取り残されたまま、もう一度だけ呟く。
私は、あなたに伝えたい、伝えなければならないことがあるのに。…受け入れては、もらえないの?

私は、あなたと戦いたくないのに。
私は、…あなたを…………。




近付くな。
私は、お前を傷つける存在だ。
それ以上でも、以下でも、あってはならない。
…………ならないのだ、絶対に。





Don't tell me the truth about love




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「遙か2阿弥陀」に参加させていただきました。実は相当好きな2アクラム。彼には幸せになってほしいものです。大好きだー!

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