「…やっぱり、兄弟ね。そっくりだわ」
そう言って微笑った顔は、本当にやわらかく、あたたかなものだった。
…瞬間、そこだけ春になったかのように。





は る の う た








竜馬を駆って向かったのは、弟と交わした、最初で最後の約束を果たすため。片手に持っているのは、淡い光を放つ小さな鉱石。
「本当?お兄ちゃん、本当に乗せてくれるの!?」
「乗ってもいいの?」
キラキラと瞳を輝かせ問われ、「ああ」と返す。以前の自分ならば考えられない行動だ。恨みや憎しみ、執念の権化となって生きていた、あの頃の自分ならば。
(ロミオ……ジュリエット…。)
お前たちが守った世界は、今日も、優しい時の流れを刻んでいる。



いつだっただろう。
そんなに遠い話ではないのに、もう、遠い過去のように感じる。
…モンタギューを討つ事しか考えていなかった頃の俺が、今はもういないせいだろうか。
まるで止むことを忘れたように振り続ける雪の中に立っていると、足元を小さな影が過ぎった。
「!」
反射的に構え、視線で追うと、それは小さな野うさぎだった。
「……。」
一瞬でも剣を構えたことがばかばかしくなり、そのまま息をついて座り込んだ俺の元に、あろうことか、その野うさぎが寄って来た。…以前、人に餌でももらったことがあったのかもしれない。
「俺は何も持っていない」
そう言ったところで、通じるべくもない。…足元に寄って来たその野うさぎにそっと手を伸ばしてみると、鼻先でにおいをかいだ。
(去れ)
…そう。俺は、何も持っていないのだから。
自嘲気味にそんなことを思う。ふと視線を下にやると、あろうことか、その野うさぎが丸くなって眠っていた。
「…………………」
瞬間、呆気にとられた。なんて警戒心のない。
(…関係のない話か)
自分が何も持っていなくとも、この野うさぎには関係がない。地位も名誉も、知ったことではない。餌を持っていなくても、この寒空で得た温もりは、眠りには心地良い。
単に、それだけなのだ。
「…お前は、いいな。」
ふ、と笑みをこぼす。そこに至ってようやく、雪の上にあるもう一つの影に気が付いた。
「ティボルト…」
見上げれば、きょとん、と、まるで物珍しいものでも見たかのように呆けた顔をしたジュリエットと目が合った。
「あなた、そんな風に笑うこともあるのね」
「………」
なんと返せば良いのかわからず、黙り込む。すとん、と横に並んで腰を下ろすと、ジュリエットがそっとその野うさぎを撫でた。
「…やっぱり、兄弟ね。そっくりだわ」
目を細め、続ける。
「いつもは、そんなこと思わないんだけど。…笑った、優しい顔。そっくりだった」
「……そうか」
憎くて憎くて仕方のない、モンタギューの血。似ていると言われて、当時の俺が喜ばしいと思うわけもない。
…ジュリエットも、そんなことは百も承知のはずだっただろうに。
「…あなたが、そうやって、笑える日。来ると、いいね」
そう言って立ち上がると、雪を払って、「またね」と言い残しさっさとどこかへ行ってしまった。
「俺が…笑える日……?」
そんな日が来る、なんて。
考えられなかったし、考えようともしなかった。



小さな子どもを乗せ、竜馬を飛ばす。真っ白な竜馬の名は、ロミオのかつての愛馬で、シエロと言う。…そんなことも、自分は知らなかった。本当に、何も知らないままに、逝ってしまった。色々話したかったかと問われても、わからない。どう答えようとも、叶わぬ願いだからだ。…けれど。
ひとつ、はっきりしていることは。
「綺麗ね、お兄ちゃんの竜馬!」
「いや、これは…」
ロミオという弟がいたことを、誇りに思えること。その弟が、ジュリエットという少女と、出会い、愛を貫けたこと。
「弟のなんだ」



雪はやみ、花が降り、人々は笑みを浮かべる。
…決して溶けることなどないと思っていた、氷に覆われていた自分の心も、解放された。今、こうして、笑うことができる。
似ていると言われたことも、今となってはあたたかな、誇れる記憶。


…世界は、今日も、優しい時の流れを刻んでいる。




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