な つ の う た








陽射しが強い。
全く、こうも暑いと頭から水でもかぶりたくなってしまう。実践しようかと外へ出て、水道へと向かったところで後ろから声がした。
「キュリオぉ!」
とてとてと、なんだか危なっかしい走り方で赤毛の少女が走り寄ってくる。短く刈られた髪の毛は、女の子にしてはやや短すぎたが、仕方がない。
「…どうした、オーディン。危ないぞ」
キュリオにぶつかると同時にぽふ、と支えられ、見上げてえへへと笑う。
「剣のれんしゅう、しよう!」
「…今日、か……?」
オーディンの将来を考えれば、いくらやってもやりすぎと言うことはないだろう。だが、今日。この日差しの中で、か。
「…オーディン。今日はやめよう。この暑さでは、倒れてしまいかねないからな」
「えー」
不満そうに言うオーディンに、困ったものだと息をつく。このままではヘソを曲げてしまうだろうから、何か代わりを用意しなければならない。
「…そうだ。じゃあ、水遊びをしよう。冷たくて気持ちいいぞ?」
そう言って笑いかけると、先ほどの不満は何処へやら。一瞬で笑顔になり、「うん!」と大きく頷いてキュリオの手を握ってきた。
「キュリオ、手、おっきぃね」
「…そうか」
この手は、お前を守るために在るんだ。
そっと心の中で返し、小さな手を握り返した。



「………ん」
ふ、と目を開ける。…どうやら、転寝をしてしまったらしい。随分と懐かしい夢を見た。
(…俺らしくないな。一体どうしたんだ)
身を起こし、大きく伸びをする。強い陽射しが、木々の葉の間から降り注いでいる。このせいだろうか、などと思いながら見上げると、もたれていた木の上から妙なモノが見えることに気付いた。
「足……?」
無警戒に放り出された足が、梢の間から見える。足だけのわけはないので、足から徐々に視線を上げてをたどっていくと、
「…オーディン」
女の子にしてはやや短すぎる、紅い髪の毛。最も今は、幼少のように本当に刈り込んでいるわけではなく上から押さえつけているだけだ。あの下には、豊かで美しい長い髪が納められている。
規則正しく上下する胸に、熟睡の様子が窺える。自分がここに来た時には、確かに誰もいなかったはずなのだが。
「オーディン!危ないぞ、起きろ!」
あのままではひっくり返って落下するのではないか。そう懸念してのことだったが、それは見事に逆効果になってしまった。
「え?わ、あ、きゃああっ!?」
がばっと起き上がり、自分がどこで寝ていたのか忘れていたらしい。そのまま枝から滑り落ち、地面に叩きつけられそうになる。
「………っ!」
一飛びで木の根元までたどり着き、降って来たオーディンを抱きとめる。ほぅ、と息をつき、オーディンを見やると、まだ状況がつかめていないようで目をぱちくりさせていた。
「…あれ?キュリオ?」
「あのな…。なんであんなところで寝てるんだ。危ないだろう」
そう言いながら、そっと降ろす。手を持ってしっかり立たせてやると、その手をまじまじとオーディンが見つめた。
「……どうかしたか?」
「あ、うん。キュリオ、手、大きいなって思って」
「……………。」
一瞬、まだ自分も夢を見ているのかと錯覚を起しかける。違う、今目の前にいるオーディンは、あの小さかった頃のオーディンではないではないか。
「あのね、キュリオが昼寝してるのなんて、なんか貴重でしょ?珍しい、っていうか。だから、ちょっと見てよーって思って木の上に上ったんだけど、気付いたら私も寝ちゃってたみたい」
あはは、と笑って言われ、呆気にとられた。
「…何をしているんだ」
「いいでしょー、貴重なものは見ておきたかったんだもの!それよりキュリオ、今空いてる?なら剣の稽古してくれない?」
「剣の……」
少し考えてから、ふっと力を抜き、軽く笑みを浮かべて言う。
「…今日は暑いぞ。そうだな、…みんなで水遊びも、たまにはいいんじゃないか?」



強い陽射しをさえぎるように、空に手をかざす。
…そう。
昔も、今も、これからも。
この大きな手は、お前を守るため、そのために在るんだ。




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