「あなたは、結局誰にも優しくないのね」 「…私が、ですか?私は、あなたに優しいでしょう?」 そう言って腕を回せば、ついとかわされる。 「全く、どの口がそのようなことを言うのかしら。…ねえ、フランシスコ」 ふい、と立ち上がり、どこか哀しみをたたえた瞳で見て。 「あなたの心は、どこにあるのかしらね。」 (………ああ。) 全くだ。…聞きたいのは、こちらだ。 心の在りかなんて、…自分だって、わかっていないのに。 ふ ゆ の う た 「ねえ、フランシスコ?…フランシスコ!聞いてるの?」 「聞いていますよ」 「嘘ばっかり!ねえキュリオ、今フランシスコ、絶対聞いてなかったよね!」 「いや…ああ、まあ……」 下手に同意すれば、あとで自分が痛い目を見る。にっこり笑顔のフランシスコなんて、穏便な恐喝のようなものだ。 「…ジュリエット様。午後の予定は?」 「あ、うん……午後は……」 言いよどむジュリエットに、心の中でそっと苦笑する。…ここまでわかりやすい反応をされると、いっそすがすがしい。 「午後は、空いてますから。ご自由にお過ごし下さい。貴女の望むように」 何をするのか、なんてことは聞かない。 ジュリエットの望むように、すればいい。…自分は、その望みが叶えられるようにするだけだ。 「…うん、ありがと、フランシスコ!」 邪気のない満面の笑みで返されると、余計に自分の黒さが際立つ気がする。…ように思うのは、単なる被害妄想だろうか。 「そういうことは心の中で言え、心の中で。駄々漏れにされたこちらの身にもなってくれ」 「おや、口に出していたかな」 「よく言う」 走り去ったジュリエットの後を追うように視線をやれば、冬の訪れが近いことを知らせる重い空が垂れ込めていた。 (…冬、か。) 自分の心が万年氷壁に覆われていることは、とうの昔に自覚している。 現実の世界でいくら四季が移り変わろうと、この氷が決して溶ける事がないことを自分は知っている。 (ああ、そうか。) ようやく思い当たった。…きっと、 自分の心はもう、凍って砕けてしまったのだろう。 「―――…っ、」 握りかけた手綱。 届かない声。 伸ばせない、腕。 受け入れがたい現実に悲鳴を上げているのは、自分の喉じゃない。 …心は、ここにあった。 ただ、凍っていただけで、砕けていたわけではなかったのに。 あたたかさに触れるのを、氷が溶けるのを、そうして自分が傷つくのを、怖れていただけだったのだ。 (愛しすぎたから、) 触れるのすら、こわかった。 (想いが深すぎたから、) 拒絶に、耐えられる自信がなかった。 (……春の、あたたかさから、逃げていた。) 氷の洞窟にこもったのは、自分自身。 「ジュリエットッ―――…!!」 この声は、届かない。 …知っていた。知っていたからこそ、初めて、心の底から、その名を呼んだ。 「……知っていた。」 春のようにあたたかな君は、冬にこもっている自分の心など、簡単に呼び起こしてしまうだろうことを。そうしてそのあたたかさと優しさゆえに、自分の想いを知ったらきっと胸を痛めてしまうだろうことを。 「…それならば、私は、最後にひとつでも、貴女に辛い思いをさせずに済んだことを……」 そのことを、誇りに思っても、喜ばしいことだと思っても。 「…良いのでしょうか。ジュリエット様……」 今なら、そう思うことができる。 …彼女が望む道を進ませてしまったことを、後悔しなかったといえば嘘になる。 力ずくで止めることもできたかもしれない。 そう思わずには、いられない日々もあった。 …けれど、氷から溶け出した自分の心は、違う答えを導き出した。 「貴女が、守りたかった世界を、守りぬけたこと。…そうして、愛する人と添え遂げたこと。…それは、私にとっても喜ばしいことです。」 あなたの望みを、叶えたい。 私の願いは、そこに集約されるのだから。 「…あとは、私に任せて、どうぞゆっくりと、そこから見守っていてください。」 あなたの守った世界を、この手で守ってゆけること。 …私はそれを、誇りに思う。 ---------------------------------------------------------------- BACK |