「ねえ大くん、今度の日曜日、空いてる?」 「…日曜日?」 ソファーに腰掛けていた諸星の横に、明美が雑誌を片手にどさりと座る。 「そう。友達にね、美味しいスイーツのお店、紹介してもらったの。どうかな、って」 「……俺は」 「気が進まない?…たまにはいいじゃない」 言って、とさ、と諸星の肩に頭をもたせ掛ける。 「……たまには、いいじゃない。」 もう一度。 そっと囁くように呟いたのは、聞かせるため…というより、まるで自分への言い訳のようで。 (たまには…か。) 明美はこう言っているが、実際のところ、今まで二人でどこかへ出かけたことはない。過ごす場所はいつも、互いの部屋だった。…だから、明美が今回こんなことを言い出したのは、何か深いわけでもあるのじゃないかと勘繰ってしまう。 「…別に、何も考えてないわよ。ただ、大くんと出かけたかっただけ」 そんな諸星の心中を読んだかのように、明美がくすりと笑って返す。「何でも疑うの、やめたほうがいいよ」と付け加えて。 「……そうだな。たまには…」 そんな“日常”も、いいかもしれない。 そう思った瞬間、諸星の携帯が無機質な着信音を発した。 「…悪い」 「ううん、大丈夫。気にしないで」 テーブルの上の携帯に手を伸ばす。受信メール1件、のそっけない文字をクリックすると、受信ボックスのメールが開けた。 (………………!) 来た。 とっさに思い浮かんだ言葉は、ただそれだけだった。 それは、「ついに来た」という喜びであり、…ほんの僅かに、「来てしまった」という落胆でもあり。 任務のことを考えれば、落胆するなどありえない話だ。ついにここまで来たと単純に喜ぶべきなのに、それを許さない自分がいる。……その原因は、きっと。 「明美」 「うん、わかってる。…いいよ」 謝罪の言葉なんか聞きたくない。 暗にそう言った明美の言葉に、諸星は、……赤井は、ぐっと詰まった。 それは、一般女子のいわゆる「拗ねている」状態ではなく、憂いを帯びた、哀しみ。 …この件が、単純に今回スイーツの店に行けなくなってしまっただけ、では済まない事を、彼女は知っているのではないだろうか。“何でも疑うの、やめたほうがいいよ”…つい先ほど言われた言葉が、脳裏を過ぎる。 「また、何か疑ってる?」 「……いや。」 「嘘。大くん、嘘ついてるでしょう」 「何を……」 ぎゅ。 赤井の服の袖を、強く掴んで。 …その手は、震えていて。 「明美……」 「行かないで、なんていわないから、安心して。」 その手を、上からそっと握る。 …いつもはあたたかいはずの彼女の手が、驚くほど冷たかった。それほど強く、拳を握り締めているのだ。 「……仕事、成功するように祈ってるね。」 言って、見上げたその瞳を。 「いってらっしゃい」 …あふれそうな涙をたたえた、その瞳を。 俺はきっと、一生忘れることが出来ないだろうと。 強く、思った。 「…………。」 あの後、抱きしめた明美の体は、手と同様にひどく震えていた。 …この始まりが、終わりに繋がることを、彼女はきっと知っている。 「明美……」 繋いだ手。 優しい声。 小さく震えていた、細い体。 二度と触れられないとしても、俺はきっと、忘れない。 この手の中にあった温もりを、決して。 ……終わりを告げる鐘が鳴り、終焉が今、始まる。 終焉を告げる、始まりの鐘 ---------------------------------------------------------------- BACK |