桜が舞い散る。風が吹けば嵐のように、風がやめばはらはらと。
…花の命は短くとも、
「また来年も…咲くというのに…」
散った人々の命は、もう二度と戻っては来ない。それは当たり前のことだが、やはりこの桜を一人で見るのはつらかった。
「…ネイサン」
予期せず名を呼ばれたが、慌てることなくゆるりと振り返る。自分をそう呼ぶ人物は、一人しかいない。
「たか」
静かに自分のもとまで歩みを進め、同じように桜を見上げる。
「桜を…見ていたのですか?」
「ああ」
「綺麗ですね…」
あの時も、桜が満開だった。自分が…勝元の最期を、看取ったときも。
…いや、違う。
「勝元は…私が、殺した」
絞り出すような声でそう言ったネイサンを、たかは弾かれたように見上げた。
「勝元を殺したのは…私だ」
「責めているのですか?」
ご自分を。
そのたかの問掛けに、ネイサンはただ力なく頭を垂れた。…桜が、視界から消える。
「兄上は、銃で撃たれる死ではなく…あなたの刀によって、名誉の死を遂げました」
その言葉には、嘘も裏も、偽りもない。彼女の凛とした声を聞いて、ネイサンは横にいる彼女の顔を見やり…目があった瞬間、やんわりと微笑まれる。
「名誉の手助けをして、何を悔やまれることがあるのですか?胸を張って生きて下さい。そんなことをおっしゃっていては、兄上の魂も鎮まりません」
…胸にわだかまっていたものが、何かどうしようもなく暖かいもので…溶け消えてゆく。なんと大きく、強く…
「You're sweet...」
「え?」
「いや。たか…ありがとう…。」
…ああ、それでも。もう戻らない命というのは、こんなにも…焦がれてしまうものだったのか。どうしようもないとわかってはいても、理解はできていても。
「桜はまた咲くのに、兄上たちの命はもう戻らない…そんな風に考えていられたのですか?」
「あ…」
読まれていた…。
つい、と目をそらしたネイサンを見て、たかは僅かに、本当に僅かに涙腺を緩めた。
ああ…この人は、なんて優しい人なんだろう。
「確かに、兄上たちの命が返り咲くことはありません。それでも…兄上たちは、私たちの心の中で永遠に咲き続けるでしょう?」
ぶわぁ、と。
ひときわ強く風が吹き、桜の花びらが激しく舞った。…再び桜を視界にいれ、またその美しさに圧倒される。
「心の中で…永遠に…」
ああ、勝元が最期に見た桜も、こんな風に舞い散っていただろうか。
…そうだと、いい。



桜は来年も咲く。
そうしたらまた、ここへ二人で桜を見に来よう。胸の中には、決して散らない桜を宿して。




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2004.6.4

(“You're sweet”→君は優しいね、という意味。甘い、じゃないですよ。)

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