「兄さん!兄さーんっ!!」 「待て、アルフォンス・エルリック!それ以上行ったら危険だ!」 自分を掴むロイの腕を、ふりほどこうち必死にもがく。だが、切り離された機上で、エドの姿はどんどん遠くなっていった。 (嫌だ…嫌だ……!) やっと、やっと会えたのに。たった一人の、大切な兄に。 「兄さぁぁぁあぁあああぁぁぁんっっ!!!」 (もう嫌だ) 離れ離れに、なるのは。 (嫌なんだ……!) ふっと力を抜くと、アルはゆっくりとロイへと向き合った。そのただならぬ瞳に、ロイも掴んでいた手を離す。 「大佐。お願いがあります」 「…なんだ。言ってみたまえ」 目を見ればわかる。彼が、どうしようとしているのか。そして、 「門を、大佐の手で壊してほしいんです」 ……自分が、それを断れないであろうことも。 「…兄のところへ、行くのか」 ただ、静かに。そう言葉を紡いだロイに、アルは力強く頷いた。 「はい」 「………そうか」 もう戻ってくることは出来ない。こちらに残すもののことは。遺す思いは。人は。…それらは全て、問う必要のない愚問だ。自分に出来ることは、この少年を、送り出してやること。 「鋼のに、よろしく伝えてくれ」 「……はいっ!!」 満面の笑みで返事をしてから、アルはロイに背を向けて駆け出した。が、ふいに振り返り、申し訳なさそうに言う。 「もう一つ…頼まれてくれませんか?」 「まだ何かあるのか?なんだ」 アルの絞り出すように言った言葉に、ロイはただ黙って頷いた。それを見て、ぺこりと一礼すると、アルは再び走り出した。振り返ることはなく、錬金術で掛け橋を作り、エドがいる機上へと渡っていくのを黙って見送る。 (…これで、良かったのだろうか) ふいに襲う疑問に、ロイは眉をしかめる。…が、そのまま眼帯にそっと手を当てると、軽く笑みを浮かべた。 「いや…正解なんて、ないのかもしれないな」 自分で選んだ道こそ、進むべき道だ。それを第三者に、とやかく言われる筋合いはない。 「元気でやれよ……エルリック兄弟」 徐々に見えなくなってゆく機体に向けて、ロイは軽く敬礼して見送った。 「大佐!!」 「やぁ中尉。無事で何よりだ」 「大佐こそっ……!」 不時着、というか落下というか、要するに盛大な爆発音と共に地上に降り立ったロイは、既に待ち構えていたホークアイに軽く手を振って言った。 「私は何ともない。心配するな」 「…本当に。ご無事で何よりです。それで、あの…」 「ん?ああ…」 言いにくそうにしているホークアイを見て、ロイが空を仰いだ。その視線を追うようにして、ホークアイも空を見上げる。 「…あの2人は、行ってしまったよ」 既に姿の見えない飛行物体を探すように、ゆっくりと視線を走らせる。 「それでは…」 「鋼のは、向こう側から門を破壊するそうだ。二度とこのようなことが起きないためにな。…弟のアルフォンスは、一人前に、私に仕事を託していったよ。こちらの門を壊せ、とな」 双方からの破壊により、門は二度と開くことがなくなるだろう。それぞれの世界には、それぞれの生活がある。…均衡は、崩してはならないのだ。 「じゃあ…もう、会えないんですね。2人には」 ホークアイも彼らとの付き合いは長かったし、弟のように可愛がってもいた。寂しそうな顔をするホークアイの肩を、ロイがぽん、と叩く。 「あいつらなら、どこの世界でもうまくやっていけるさ」 無論自分とて、寂しい思いはあるけれど。…彼らの選んだ道だ。今はただ、その先に光が射していることを祈ろう。 「…そうですね」 ふわりと、ホークアイが笑みを浮かべた。こんな優しい笑顔をあいつらにも見せてやりたかったな…などと考えていると、向こうからざくざくと瓦礫を踏みながらハボック少尉たちがやってきた。 「大佐!ご無事で!」 「ああ。大事無い」 軽く手を振ってから、再び空に目をやる。…この空は、向こう側と同じだろうか。向こう側の世界も、青い空が広がっているのだろうか。 (鋼の。私は、君に会えて嬉しかったんだよ) あの力強い瞳に。 (救われたような気がする。…そう言ったら、君は笑うかな) 早くも瓦礫の撤去作業、負傷者の救出活動が始まっている。足を止めている時間は、ない。 「行くぞ、中尉」 「っ、……はい!」 ロイの言葉に、ホークアイが軽く目を見開き、一瞬の間をおいてから勢いよく返事をした。…久しぶりの、感覚だ。胸にあふれる感情に、頬が緩むのを隠しきれない。 (エドワード君…アルフォンス君。本当に、ありがとう。あなたたちなら、大丈夫よね) 見上げた先には、青空が広がっている。雲の隙間から射す光は、あたたかく穏やかだ。 空は青く、澄み切っている。 …どこまでも、どこまでも。 ---------------------------------------------------------------- BACK |