この青い、空の下で。





今日もまた、日が昇る。あんた達がいなくなっても、なんにもなかったように日は昇る。雨が降る日もあるし、風が強い日だってある。鳥も鳴くし、デンだって吠える。あたしは、目を覚ます。
「おはよう、ばっちゃん!」
「おはようウィンリィ。今日は予約が三件だよ!急いで準備しな!」
「了解っ!」
…あたしは、笑う。





「もう…待たせてもくれないんだね」
口をついて出た言葉は、諦めと似ていたかもしれない。幾度も自分を待たせ、泣かせたあいつへの。
でも、違うよ。そんな哀しいものじゃない。
「ウィンリィ殿…笑うようになりましたな」
「あの子なりに決着つけたんだろ。心配するこたないさ」
アームストロングの言葉に、ピナコがキセルをふかしながら答える。…ウィンリィを見つめる瞳は、どこまでも優しかった。
「そうですな。…エルリック兄弟は、元気でやっているでしょうか…。」
駆け寄ってきた子供を抱き上げ、あやしながら言う。彼にとってもまた、あの二人は特別な存在になっていたのだろう。
「…夢を見ると、言っていた」
デンと子供たちの中心にいるウィンリィは、心から笑っている。その嘘偽りのない笑顔を視界に納めつつ、ピナコが続けた。
「アルは髪を切って、楽しそうにしていて…エドも笑っている、と。この家には、あの二人の想いや気持ちが染み込んでいるからね。不思議はない…こんな話は、信じられないかい?」
くるりと振り向いて言ったピナコに、アームストロングがゆるゆると首を振って答える。
「この世は、理論や論理で説明できるものばかりではないですからな。疑う理由もない」
子供たちの輪に加わったアームストロングを見送りながら、ふぅっと白煙を吐き出す。
(…強くなったね)
いつまでも子供だと、思っていたのに。
「あの二人は、一緒にいなくちゃ駄目なのよ」
事情を聞いたきり、黙り込んでしまったピナコにウィンリィは笑みを浮かべながら言った。
「…それに、毎日戦いながら生きているときは、ずっと心配してなきゃいけなかったけど。向こうにそれは、ないでしょう?まぁあいつのことだから、また何か厄介事に巻き込まれるかもしれないけど…アルも一緒なら、あいつだって無茶はしないはず。…そう、アルの記憶だって、きっと」
「…戻る、か」
ぽつりとこぼしたピナコに、ウィンリィは黙って頷いた。

ジリリリリ

横手で鳴りだした電話に手を伸ばし、ウィンリィが出る。
(…元気なら、それに越したことはないがね)
せめて、茶の一杯でも飲んでいけば良かったのに。
ピナコがそんなことを考えていると、横手で肩を震わせているウィンリィが目に入った。
「! ウィンリィ、どうしたんだい!?」
かしゃん。
受話器を置いたウィンリィは、ただ黙って首を振った。大丈夫、なんでもないと。
「…ウィンリィ?」
「大佐がね。」
涙を拭きながら、ウィンリィが絞り出すようにして声を出す。
「大佐がね。伝言だって…エドが、機械鎧っ…」
エドがアルに託した言葉を、アルはロイに託した。その言葉が今ようやく、ウィンリィの元まで届いたのだ。
「…っ、ありがとう、ばっちゃん。あたし、もう大丈夫だよ…」
あんたのために培ってきた技術。機械鎧と関わっている限り、あたしはあんたを忘れることはない。でも、そう…それは哀しい思い出なんかじゃなくて、あたたかな記憶。
…だからあたしはこれを、殺しはしない。もっとずっと、多くの人の役にたってみせる。
忘れないよ。忘れることはない。…でも、囚われない。
「ありがとう…」
ありがとう、大佐。ありがとう、アル。

「…ありがとう、エド。」





「ウィンリィ!これを配達に出してきてくれ」
「はーい、いってきます!」

ばたんっ!

足下にじゃれついてきたデンに、走りながら声をかける。
「デン!あんたも行く?」
「ワンッ!」
今日もまた、日が昇る。あんた達がいなくなっても、なんにもなかったように日は昇る。雨が降る日もあるし、風が強い日だってある。鳥も鳴くし、デンだって吠える。あたしは、走る。笑う。…空を、見上げる。


…ねぇ、エド。そっちの空も、青い?




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