「おはよう」

ばったんっ

扉を開けた途端に挨拶され、は反射的に扉を閉めた。
(なんでなんで目の前にいるの!!!!!)
ドッドッドッドッド、と早鐘のようになる心臓を押さえつけていると、開けられまいと握り締めていたはずのドアノブが簡単に回ってしまった。
「…何をしているんだ」
「…あの、まだ、パジャマなんで。すみません…もう少し待っていてはいただけませんか…?」
力技で敵うわけがない。泣きそうになりつつもドアを閉めたいアピールをすると、ようやく力を緩めてくれた。その隙にばたんっとドアを閉め、へなへなとその場に座り込む。
「…無理。死ぬ。どっちにしても死ぬ。」
神出鬼没過ぎる。本気で存在が心臓に悪い。なんなんだ、この人は。
心臓を打ち抜かれるのと、自分の心臓がもたなくなるのと。
…果たして、どっちが先だろう?





「…どうしても、受けなければならないんですか?」
「無理強いはしない。が、拒否すれば、君の命の保障はできない」
「シュウ!」
素っ気無い返事に、金髪の女の人が非難するように言う。
「事実をわからせて、何が悪い?」
「もう少し、言い方を……」
なにやらもめている声が、遠くに聞こえる。
(だって)
私、何も知らなかったんだもの。
死に別れたと聞いていた父親。
その父親が、「死んだ」 と改めて連絡を受けただけでも混乱しているのに。
FBIがどうとか。
証人保護プログラムを受けろ、とか。
私も危ないから、とか。
(知らない)
何一つ。
(わからない)
何もかもが。
(この状況で、私に何を判断しろって言うの…!)
ぎゅ、と強く拳を握る。
生きていた父親に会えなかったことも、そしてその死を悲しむことも、できないのか。
「……………。」
ニット帽を被った方の男の人が、何やら黙って私を見つめている。
わけもわからず腹が立って、挑むようにその瞳を睨めつけた。
…睨めつけた、ら。
「………ふ」
(え?)
笑……………った……?
きょとん、としたの頭の上に、彼はぽんと手を乗せて言った。
「面白いお嬢さんだ。……ジョディ、I will live for a while with this girl.」
「な…ちょ、シュウ!どういうつもり!?」
「? な、なに?」
わけがわからずに戸惑っているに、金髪の女の人(ジョディ、と呼ばれていた)が困ったように眉を下げて言った。
「…あなたの家に、空いてる部屋は?」
「え?あ、あります、けど…」
元々1人で暮らすには大きすぎた家だ。空き部屋はいくらでもある、が…。
「! まさか、ジョディさん、一緒に暮らしてくださるんですか!?」
ほとぼりが冷めるまで、ということにはなるのだろうが。
さすがに心細いと思っていただけに、正直、少し嬉しい。
瞬間声をはずませたに、「No」と一言で返し、黙って指を上へ向けた。
「え……?」
その視線を追っていけば、未だ頭に手を置いたままの、彼と目が合って。
「ま、」
まさか。
「彼、言い出したら聞かないから。満足するまで付き合ってやって」
そう言って、ウィンクされて。
「いや………それは………いや……え……?」
第一印象最悪(多分こちらが与えた印象も。)の彼と、暮らす、って?
「さてお嬢さん。部屋を案内していただこうか」
「ちょ、え、待っ……!!」
ブラウスの襟口を後ろから指で引っ掛けて引っ張られ、は逆らうこともできないまま家の中へと引きずられるようにして入って行った。





(いやいやいや。無理。色々。)
だって。
10余年間、1人で暮らしてきたのに。
ドアを開けた瞬間に人がいるとか、本当、慣れない。
…わかってる。それはきっと、物理的なものだけじゃない、ってこと。
(…私は、きっと、人の……)
ぬくもりに、慣れていないから。
だから、自分以外の温度を感じると、警戒するし、挙動不審になってしまうんだ。
「…着替え終わったか?」
「はあ」
まさかこの人、律儀にドアの前で待っていたのだろうか。
そんなことを思いながらドアを開けると、先ほどと全く違わない位置に彼――赤井秀一、という――がいた。…その律儀っぷりがおかしくて、思わず吹き出す。
「? どうした」
「あ、いえ、どうもしないです。お待たせしました、赤井さん。すみません、今日の朝食当番は私ですよね」
この奇妙な同居生活が始まってから、食事当番は交互に行っている。
とてものすごく料理ができるわけではないが、一人暮らしが長いので一通りの家事はこなせる。それは赤井も同じらしかった。
「ああ」
返事は短い。が、機嫌が悪いわけではない。
初対面の時と何ら変わらないが、印象は変わった。彼は、こういう人なのだ。
「私、今日は帰り、遅いです。あ、でも、ずっと会社の人と一緒だし、駅からはタクシーに乗って帰ってくるから平気です」
「迎えに行く。何時だ」
「……いえ、その、タクシーに」
「そのタクシーが爆発しない保障はないだろう」
「そりゃそうかもしれませんが」
そんなことを言っていたら、トイレに入るときも便器が爆発しないか調べなければいけない。
…私が狙われている、というのも、確かな証拠はないのに。
ここまでされてしまうと、さすがになんだか申し訳ない。
「わかりました。いつもと同じ時間に帰りますから。赤井さんも気になさらないで下さい」
「…そうか」
も赤井も、この家から出て行き、この家へと帰ってくる。
出かける前に一日の予定を簡単に告げるのは習慣だが、結局こんな感じになって、赤井が来てからのはすっかり健康体だ。早寝早起き、飲み会で酔いつぶれることもない。この程度で付き合いが悪くなったと言うような軽い友達もいないし、生活にはなんら支障は出ていなかった。
(私は、ね……)
チラリと視線をやれば、ぱちりと目が合って慌てて視線を逸らした。
「なんだ」
「あ、いえ、なんでもありません」
そそくさと珈琲を飲み干し、食器を片付ける。
私はいいけど、彼は、大丈夫なのだろうかと。
確実に支障は出ているはずなのに、なんでそうまでして私を……
「…出かける時間だな」
「あ、は、はい!」
慌てて鞄を引っつかむ。思考はそこで途絶えてしまった。


きっと、今日も帰ってきたら、玄関の扉を開けたら。
慣れないぬくもりが、私を出迎えるのだろう。




ドアを開ければ ヤ ツ がいる


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