From:
Sub:(無題)
-------------------------
今日は3分咲き。
葉が出てるのもありました。



From:
Sub:(無題)
-------------------------
残念ながら雨…。
明日の朝、出直します。



From:
Sub:(無題)
-------------------------
五分咲き!
遠目にもピンク色が鮮やか。



From:
Sub:(無題)
-------------------------
とうとう八分咲き!
今週末が見頃です。





桜×君=







…パタン。
受信メールを読み返し、携帯を閉じる。
最後にメールを受信したのは、三日前の昼間。からの毎日の桜報告は、仕事中の束の間の癒しだった。一度も足を運んでいないのに、データフォルダは桜の画像でいっぱいだ。
(…いいタイミングだな。)
まさに今日が、“今週末”。によれば、最寄りの公園が見頃を迎えているはずだ。
「さて………」
いつ戻るかは、告げていない。この週末を逃したら、とやきもきしているであろうを想像して、赤井は僅かに口元を緩めた。
ゆっくりとアクセルを踏み込めば、……我が家はもう、すぐそこ。





「秀一さん!?」
「ただいま。…誰か確認する前に開けるなと、何回言えばわかるんだ?」
「ご、ごめんなひゃい…」
チャイムを押しただけで飛び出してきたの頬を軽くつねってやると、情けない声をあげながら、それでも満面の笑みで続ける。
「おかえりなさい!」
「……ああ。」
この笑顔に。この声に。
…自分を迎え入れてくれる、存在に。
じんわりと、優しさが満ちてゆくのを感じる。自分がこんな気持ちになれるなんて、知らなかった。
「秀一さん、メール読んでました?」
赤井からメールをすることは滅多にない。だがそれは、も承知の上で送っているのである。
「桜、だろ?」
「はい!届いてて良かったです。…早速なんですけど……」
疲労しているであろう赤井を気遣っているのだろう。言いにくそうにしているに、赤井は微笑して返した。
「花見。…行くんだろう?」
「はっ……はい!」
毎日見に行って、咲き具合をメールして、写真も添付して、自分の帰りを待って。どうして否と言えるだろう?
玄関口に立ったまま、バタバタと出掛ける支度をしているの様子を、赤井は愛おしそうに見ていた。





「ね、満開でしょう!」
「…ああ。見事なものだな」
の見立て通り、公園の桜は今が満開だった。子供連れの家族や、大学生と思しき若者の集団もいる。皆一様に、この満開の桜を楽しんでいるのだ。
「…どれだ?」
「え?」
赤井の言葉に、がきょとんとして振り返る。
「お前が…が、毎日撮っていた桜は」
写真の桜は、いつも同じアングルからのものだった。ひとつの桜の経過を、ずっと追っていたのだろう。
「あ、それなら……これです!」
ぱっ、とが指差したのは、公園にある桜の中でも一際大きなものだった。満開の桜の花からは、既にはらりはらりと、花びらが舞っている。
(ああ…これか。)
見覚えのある、この立ち姿。はここで、毎日写真を撮っていたのだ。
ふと思い付くと、赤井は少し離れたところにいたを手招きで呼んだ。
「………。その前に立て」
「? はい」
「そのまま」
赤井の言葉に素直に従い、が桜の樹の前に立った瞬間。

カシャッ

…赤井が構えた携帯が乾いた音をたてて、カメラ機能が使用されたことを教えた。
「しゅっ…秀一さん!?」
まさか赤井がカメラを構えるとは思っていなかったは、全くの不意打ちに飛び上がった。
「いい画が撮れたぞ」
携帯を取り上げようとするの頭を軽く押さえながら、赤井が楽しそうに言う。
「なにしてるんですかー!撮るなら撮るって、」
「言えば撮らせたか?」
「う………」
口ごもったの頭を軽く撫でると、赤井が言葉を続ける。
「…来年もまた、この桜の樹の前で写真を撮ろう。」
「え?」
「その次も…その次の年も。」

当たり前のように、“次”を約束できる、幸せ。

「……はい!でも、」
そこで言葉を切ると、は近くを通りかかった若者の一人に声をかけ、自身の携帯を取り出した。
「……?」
「こっちですっ」
不思議そうに立ち尽くしていた赤井の腕を引き、が桜の前にたつ。
「おい……」
「お願いしまーす!」
赤井の言葉を無視してがあげた声に続き、ピロン、と気の抜けるような音が聞こえて。
「ありがとうございましたっ」
声をかけながら、先ほどの若者のところへパタパタと走っていくと、携帯を受け取った。
「………?」
「でも」
改めて、続きの言葉を口にする。
「…一緒に、です。」
が見せた携帯の画面に写っているのは、腑抜けた顔をした自分と。赤井はここに至ってようやく、先ほどの若者にが写真を撮るよう頼んだのだと悟った。
「ああ、……そうだな。」
腑抜けた顔をしている自分も、やたら楽しそうな顔で写っているも、僅かに散っている花びらも。
…悪く、ない。

穏やかな時間に漂っているのは、限りなく優しい空気。





「シュウ、今年も行ってみた?あの桜並木」
ジョディの言葉に、赤井が「ああ…」と声をあげる。
「今年は行ってないな。近所の公園で済ませた」
「あらそうなの?それじゃあ……って…」
何かを言いかけ、赤井が手にした携帯を見て「Oh, sorry!」とおどけたように言った。
「…なかなか見事なものだったよ。」
視線に気付き、画面を向ける。微笑みながら返した赤井に向かって、ジョディがウィンクして言った。
「随分cuteな花じゃない?」
「ああ。…本当にな」
ゴチソーサマ、なんて言われて、小さく笑って返して。そんな空気も、やっぱり。

悪く、ない。




----------------------------------------------------------------
BACK