「……なにそれ、ほんと?」
「ほんとだよー!まぁ、迷信みたいなもんだと思うんだけどねー」
「ふーん……」
3月も終わる頃、級友と遊んでいた時に何気なく出てきたその話題で。
は、ふむ、と顎に指をあてて思案に耽った。





Liar! Liar!






From:
Sub:(無題)
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距離をおきたいです。
ずっと一緒には、いられません。



 ガッ タンッ。

その携帯メールを読んだ瞬間、赤井は思わず立ち上がっていた。
「……シュウ?」
怪訝そうに聞いてきたジョディに、「あ、いや…」と曖昧に言葉を濁し、再び椅子に腰かけた。職業柄使用の規制はされていないが、大事な作戦会議の途中だ。携帯をいじって焦った表情を見せれば、いったい何があったのかと周りにいらぬ心配をかけてしまう。
(急にどうしたんだ…?2日前に家を出たときは普通だった…連絡をいれなかったからか?いや、そんなことは日常茶飯事だし、も理解してくれていることだ。今更そんなことでどうこうは……俺がいない間に、家で何かを見つけた…?いや、に見られて困るようなものは置いていないし、そもそもあのこは勝手に人のものを見るようなこでもない…)
資料を目線で追いながら、同時にぐるぐると思考を巡らせる。あまりにも唐突なからの申し出は、赤井を混乱の渦に突き落としていた。気取られないようにしてはいるが、気もそぞろなのは間違いない。それくらいは自覚している。
「……以上。今日はここまで。作戦決行の日付は……」
まとめに入った。今日の任務はここまでだ。仕事が終われば、メールの返信ができる。
(だが)
なんと、返せば良い?
思いとどまってほしい。少し待っていてくれ。ゆっくり話したい。わけを聞かせてほしい。
思いつく言葉のすべてが空虚に感じて、相手に響くとは思えず、余計に自分を追い詰める。
「シュウ、終わったわよ?」
ジョディの声に、は、と顔を上げる。一瞬、気を抜いてしまったらしい。みな三々五々に散っていくところだった。
「…何があったかはわからないけど」
立ち上がりながら、ため息交じりに言う。
「とりあえず、早く帰りなさい。会うのが一番よ」
「……お前は、時々妙なところで鋭いな。それが任務に生かせればもっと…」
「はいはい、悪かったわね」
べ、と小さく舌を出して去っていくジョディの後姿を見送り、小さく苦笑する。
…そうだ、悩んでいても始まらない。
せっかく解放されたのだ、こんな小さな画面に向かっていないで、さっさと家に帰った方がいい。
(家に………か。)
自分を迎えてくれる家がある。それは、今までに幾度自分の救いになったかしれない。
それは物理的な「家」ではなく、「彼女が待っている家」だからこそで………
首を左右に振って、開いたままの携帯をぱたんと閉じる。
…とにかく、帰ろう。すべては、それからだ。





「……?」
当たり前のように明かりのついた玄関。
当たり前のようにあたたかな部屋の中。
そして……当たり前のように、ソファに座っている、愛しいひと。
「お前…どうし、て……」
驚きと呆れと安堵、疑問、様々な感情が一斉に押し寄せて、うまく言葉にすることができない。へたをしたら間に合わないかもしれない、家にはだれもいないかも、いたとしても荷造りをすませて…なんて、思い巡らせていたのは一体なんだったのか。
「あ、おかえりなさい、秀一さん!今回は早かったんで」
がソファから立ち上がり、いつもと変わらない笑顔で出迎えた、その刹那。
「ひゃっ!?」
ぎゅ、と。
赤井は、強くを抱きしめていた。
「あんなメール、急に送ってきて……俺が……俺が、どれだけっ…」
「……あ、メール、」
そう言われて、初めて思い出したというように、が呟いた。
「えへへ、読まれたんですね」
ほけっとした表情で言われて、脱力する。とりあえずあのメール通りの意図はないことは汲み取れたが、真意が読み取れない。
「…お前な……」
一旦腕を緩め、肩をつかみ正面から見据える。
「あのメールは、どういうことだ?お前は一体、何がしたいんだ」
俺がどれだけ振り回されたと。
…その一言は、告げずに黙っておく。
「ご、ごめんなさい…!えーと…秀一さんは、今日が何の日かご存知ですか…?」
「今日?」
暦の上でのことを言うなら、4月1日。年度替わりだが、それが関係するとも思えない。眉をひそめていると、申し訳なさそうに、おずおずとが切り出す。
「エイプリル…フール……です」
「は」
…言われれば、わかる。
ぶったぎった言い方をしてしまえば、公然と嘘をつくことが許される日。
「お前…その嘘で、俺が………」
俺が、どれだけ。
「ま、ま、待ってください!!これにはわけが!」
「ホゥ……」
蛇に睨まれた蛙。
まさにそんな状態に陥っただが、ここは踏んばらなければいけない。
「あの、友達から、聞いて」
「……何を?」
答えによっては、ただではすまない。
そんな雰囲気に半泣きになりかけていたが、は必死に言葉を続けた。
「“エイプリルフールについた嘘は、絶対に本当にはならない”…って」
だから、その。
逆願掛け、みたいなつもりで。
「………ごめんなさい…」
消え入りそうな声でそう続けたに、赤井はゆっくりとメールの文面を思い出していた。

距離をおきたいです。
ずっと一緒には、いられません。

「……それは、つまり」
「言わないでください!!!!」
真っ赤になって抗議したは、赤井のプレッシャーからの恐怖や自分が行ったことへの羞恥心だろう、そういった様々な感情で今にも泣きそうだった。
「…、お前は本当に、……ああ、もう…」
ともすれば緩みそうになる頬。
先ほどまでの感情は一体どこへ消えてしまったのやら、現金だとは思うが仕方がない。
「…愛しくて、仕方がないよ。」
くしゃり、と髪を撫ぜる。
怒ってないですか?と恐る恐る聞いてくるその姿に、どうして怒っているなどと言えるだろうか。
「騙される方が悪いんだ、気にするな。……願掛け、受け取った」
ちゅ、と額にキスを落とす。
ひゃあ、なんて相変わらず色気のない声が聞こえるが、今はそんなことはどうでもいい。
ただ自分は、この想いを…気持ちを、抱きしめて、キスを落として、伝えるだけだ。
「騙された俺は確かに悪いが……お前にも、騙した償いを受けてもらうぞ?」
「ひ…」
耳元で意地悪く囁いてやれば、小さな悲鳴が上がる。もちろん、聞き入れるつもりはない。



寸分の距離を開けることもなく。

……ずっとずっと、一緒にいよう。




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