の彼氏って、どんな人なの?」
ランチをつつきながら、同僚にかけられた言葉。…同僚である彼女自身は、本当に何の気なしだったのだろう。世間話の一環のつもりだったのかもしれない。
「…どんな、人」
しかし、投げかけられた自身はそうはいかなかった。
笑顔が可愛いんだよ、とか。
普段は優しいけど怒ると怖いの、とか。
…その場を切り抜けられそうな、簡単なたとえが出てこない。
「うーん……その問題、答えを少し待ってもらっていいかな」
「え、そんなすごいこと聞いたつもりなかったんだけど」
「いい加減に答えたくなくて」
はまじめだね、なんてクスクス笑いながら言われるけれど、彼女はのそんなところも含めて仲良くしてくれていることを知っている。
「その人と付き合い始めてから、、明らかに変わったから」
「…変わった?」
「うん。わからない?」
「………うん、わからない…」
彼女は、オウム返しにするを微笑ましそうに見つめて。話してもらえるのを楽しみにしているね、なんて言われて、その場は別れた。





「どんな人……」
帰宅すると、どさりとソファに倒れ込んで呟く。
仕事のこと、性格のこと。
考えだせばきりがなくて、それをどうまとめて言葉にすればよいのかがわからない。
(いや、それよりも)

『明らかに変わったから』

その言葉の意味を、考える。
「秀一さんに…出会う前の自分……?」
恵まれていたとは言えない幼少期が、どうしても脳裏をよぎっていく。
赤井と出会ったことで僅かに呼び戻された父との記憶は、物心つくかつかないか、その程度の頃のものだ。
自活できるようになって、自分の力で部屋を借りて。
今の職場で働くようになって。
……何が、変わっただろう。
(あ)
ひとつ、思い当ることがあった。
空を、よく見るようになった。
…ひとりでいるときには、空は何の色も持っていなかった。
けれど今は違う。雨が降りそうなとき、綺麗な夕焼けのとき、突き抜けるような青空のとき、少し変わった形の雲が出ているとき。そんな空を見ると、いつも赤井を思い出す。仕事に支障はないだろうか。ああ、綺麗な色の空。秀一さんにも見せてあげたいな。星がきれい。明日は晴れるかな、久々のデートなんだから…

「…本当の空の色を、教えてくれた人…」

うっすらと目を閉じて、思い出すのはいつかの手の温度。
あれはいつだっただろう。そう、確かまだこの家に越してくる前の話だ。マンションの契約に行った日の夜、ジョディの部屋で眠ってしまったあの日。
不安に押しつぶされそうで、それでも自分の足で立ち上がろうともがいていたとき。
私の頬をそっと撫でてくれたあの冷たい手は、確かに流れていた涙をぬぐってくれていた。
実際には流すことすらできなくなっていた心の涙を、ぬぐってくれていた。
あの手があったから、私は前へと踏み出すことができたのだ。

「…踏み出す力を、くれた人」

忘れたい過去。
過去にとらわれ、踏み出せない一歩。
…赤井が差し出してくれた手を握ることで、想う力を原動力にすることができた。
想えば想うだけ、臆病になっていた自分を見抜いてくれた。

…出会えたこの奇跡が、すべてを変えていった。

あなたはよく、「笑ってくれ」というけれど。
あなたが笑ってくれるから、私も笑っていられるの。
これから歩いてゆく道はもう怖くない。
心の涙をぬぐってくれた、雪の中から連れ出してくれた、大きな魔法の手で抱いてくれるから。

「あー…なんか、わかったかも」
ふふ、と笑ってソファから身を起こす。赤井を表すのにもっとも適している言葉に辿り着いたのだ。
「えっと、電話…」
早速答えを伝えようと、どこかに放置してしまった携帯を探していると、頭上から「探し物はこれか?」と声が降ってきた。
「秀一さん!?」
の携帯を片手に、どこか不機嫌そうな表情の赤井がこちらを見下ろしている。どうやら、気付かない間に帰ってきていたらしい。
「ただいま。…と言っているのに、何やら物思いに耽っていて全くこちらに気付いてくれないのでな。結局、俺より先にこちらにご執心ときたものだ」
「う、ごめんなさい」
本当に申し訳なくなり、うなだれて答える。
「…冗談だ。そんなに真剣に反省するな」
笑みを含んだ声でそう言うと、の手に携帯電話を手渡す。
「必要なんだろう」
「あ、はい…」
とはいえ、今ここで電話をして「あのね、秀一さんはね」なんて報告するわけにはいかない。どうしたものかと携帯を受け取ったまま固まっていると、「いいのか?」と目で問われて。
「あとで大丈夫です。…おかえりなさい、秀一さん!」
ごめんね、明日ちゃんと伝えるからね。
心の中でそう言って、携帯を横に置くと赤井にぎゅっと抱き着く。
「……ん。ただいま」
微笑みながらを受け止め、髪を撫でる。
…その手をそのまま、ゆっくりと頬へ移動させて。
の顔を上向けると、そのまま唇へと触れるだけの優しいキスを落とす。
…幸せすぎて怖い、なんてもう言わない。
絡めた指先から伝わる温度は、怖がる必要なんてないことを教えてくれるから。



私が笑ったから、あなたも笑っている。
…かけがえのない時間が、ここに流れている。





 魔 法 の 人






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                              ♪song by Hanako Oku
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