買 い 物 に 行 こ う !







「…また、えらく唐突だな?」
「え、そうでもないですよ」
買い物に行きませんか。
そう切り出したに、赤井は僅かに眉をひそめた。機嫌が悪くなったわけではなく、純然たる疑問を表しているだけだ。
「赤井さん、せっかくお休みなんでしょう?だったら、たまには一般市民の生活も見てみたらいいじゃないですか」
「…と、いうのは口実で」
「はい、欲しいクッションがあるんです!…って、何を言わせるんですか!!」
くつくつと笑う赤井に、むっと頬を膨らませる。…なんだかいちいち、子ども扱いし過ぎだ、この人は。
…本当に自分が狙われているのなら、外出はできるだけ避けたほうがいいのかもしれないが。
やはり、いくら広いとは行っても個人の一軒家。二人っきりで休日に籠っているというのは、どことなく息苦しい。それに、なんだかいつでも不健康そうな顔をしている赤井には太陽光線も必要ではないのかと思うのだ。
「どうですか?行きませんか?」
「…ああ。そうだな。」
ふ、と一瞬、何かを考える目になって。
でもそれは本当に僅かな間で、赤井はすぐに立ち上がった。
「行くんだろう?」
「あ…はい!」
伸ばされた手を反射的に掴んでしまってから、はたとその手を引こうとするが、既にその手は握られていて。
「どうした?」
「あ…いえ、なんでも。」
(きっと、親が迷子にならないように…とかそんな感覚なんだろうなあ…)
そんなことを考えながら、は大人しく手を引かれて歩いていった。





「この青いの!ねえ、赤井さん、どうですか?」
「…いいんじゃないか」
「さっきからそればっかり」
むぅ、とむくれると、壁に寄りかかったまま、赤井がぽつりと言った。
「……君は、昔から、ずっと青い色が好きなんだな」
「…………え?」
ふ、と。
が、赤井の言葉に手を止める。
「そうして、理不尽な理由で人のことを嫌ってくれたな。“お兄さんは赤いだからいや”か。くく、思い出してもひどい」
「な、にを……」
それは。
それでは、まるで、あなたと私は、以前、会っていたことがあるような。
「……会っていたさ。最も、あの頃の君はまだ、私の膝より少し上、くらいまでしかなかったがな……」
まるでの思考を読んだかのように、そう呟いて。
「それでいいか?」
「え、あ、」
ひょい、と。
が手にしていたクッションをあっさり取り上げると、赤井はそのままレジへと運んでしまった。
(……会って、いた)
そんな小さな自分に、赤井が会いに来る理由などない。
つまり、赤井が用があったのは。
「…………………っ!!」

死に別れたと思っていた、私の、お父さん。

ぎゅ、と強く拳を握り、は赤井の後を追って走り出した。





「…この前君に睨まれた時、あまりにも強烈に惹かれた。君の瞳は、父上譲りだな」
平日のデパートの屋上には、自分たちのほかには人影も見えない。フェンスに身を持たせかけて話す赤井に、はクッションの入った袋を、ぎゅ、と握り締めた。
…もはや記憶にない、自分にとっては、初めて触れる父親の話。
「世話になっていたんだ。君の父上に。…友、と、呼んでくれた。一回り以上も下の私を、だ」
(……親しかった、んだ。)
仕事で訪れていたのだとしたら、子どもの私を会わせるわけがない。つまり、プライベートで訪れるほど、それくらいの仲だったのだ。
「可愛い娘がいるんだと、いつも自慢していてね。時間に余裕ができて、ようやくその“自慢の娘”に会いに行くことができたんだが。名乗った瞬間に嫌われたのは初めてだ」
「…すみません」
「今の君に謝られてもね」
…けれど、だんだん任務が危険を帯びてきて。
娘を危険に巻き込むまいと、愛しい娘の下を去って、自分は死んだことにすると言った。早くに母親を病気で亡くしていたから、ただでさえあのこには寂しい思いをさせた、できることなら私が一緒にいてやりたかったのだが…そう言いながら、この家を出て行ったのだという。当時の幼すぎた私が、親戚をたらい回しにされるのを知っても、生きてくれるのならと。
「……っ。」
じんわりと、染み込むように。
写真の中でしか知らない父の優しさを、時を越えて、感じる。
「…だから、父上の真相を、君にはきちんと話したかった。どれだけ愛されていたのか、知らなかっただろう?」
黙って頷いたの肩を、唐突に赤井が引き寄せた。
「な、」
髪を。
何かが、かすったのを、感じる。
「…おでましか」
耳元で聞こえた赤井の声は、今まで、聞いたことがない声色だった。
(…そ、うか)
自分は本当に狙われているのだ、と実感したのと同時に、理解する。…赤井にとって、これがいわゆる“弔い合戦”の意味も含んでいるのだと。
「扉の陰に隠れろ!」
そうして、彼にとって、私は、おそらく。
(嫌だよ……)
ただの囮で終わるのは、嫌だ。
背中を押した赤井の手をその勢いに任せて引き寄せ、驚いた顔をしている赤井と共に、扉の陰へとなだれ込む。
「……っ!君は、何を!」
「赤井さんは、私を囮にしていたんでしょう!」
強い口調で言うと、赤井が、何か言いかけたのをやめ、目を見開いた。
「それでも構いません。それでもいいんです、でも、私だってお父さんをどうこうしたやつらに一矢報いたいです!どうすればいいか、教えてください!」
「君は……!」
ぐ、と強く肩を掴み、赤井が何かを言いかけた瞬間。

遠くで、何かが爆発するような音が聞こえた。




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