「…な、に……?」 「まさか…」 赤井が、扉の陰からそっと外を窺う。 「…君の家は、ここから北北西の方向だったな」 「北北西…かどうかはわかりませんが、あっち、です」 同じくそっと顔を出し、指差したその方向で。 黒煙が、上がっていた。 「……………え」 「君は動くな。ここであの家に戻ったら、思う壺になる」 「それって、どういう…」 「だが、先ほどの射撃の位置を考えるに…ここも既に…」 ぶつぶつと呟きだした赤井に、がぎゅっと唇を真一文字に結んで言った。 「赤井さん」 「一つだけ言っておこうか。私は、君を囮にしたつもりはないぞ」 の言葉を遮り、そのまま手を引いて階段を下り始める。 「…でも!」 「人の話を聞こうとしないのも、変わらないんだな」 笑っていられる状況ではないはずなのに、赤井はなんだか本当に面白いことのように言って、笑った。 「…笑い事なんですか……?」 不貞腐れている場合でもないと思うが、ついぶうたれた声を出してしまう。 「いや、その意志の強いところも父上譲りだよ。悪いことじゃない。ただ、あまりよくない勘違いをしているようだから、そこは訂正しようと思っただけなんだがね」 足は止めることなく、階段を降り続ける。1階までは間もなくだった。 「別に私は、君を囮にする気はなかった。…いや、全くなかったといえば嘘になるし、結果的にそうなったことは認めるが。ただ、君のそばにいた理由は…それだけじゃない。あの人が…君の父上が、そこまでして守りたかったものとは、どのようなものなのかと。純粋に、興味があったんだよ」 とん、と。 階段を降りきってから、そっと手を離す。 「…そして、その宝物を、俺の手で、守りたいと思ったのさ」 ふ、と。 瞬間見せてくれた優しい笑みを、私は、知っていると思った。 いつかどこかで、出会っていたことがある、と。 「赤井、さ……」 「裏に回ろう。俺の車が回してある」 「い、いつの間に…」 一人称が、いつの間にか変わっている。 はたとそのことに気付いたのは、赤井の車に乗り込んでからだった。 「これ、どこへ向かってるんですか?」 「さてね」 「…頼みますよ、運転手さん……」 「地獄じゃないことを祈っていてくれよ」 わかってる。 彼の運転する先に、地獄なんて決して待っていないこと。 だから私は、祈る必要もない。 その分、他のことに回すことだってできるんだ。 「というわけで、質問をします」 「…なにが“というわけ”なのか、わからないんだが」 「気にしないで下さい」 「……わかったよ」 ぎゅんっ、と。 なんだか不自然な曲がり方をしたのは、銃弾を避けたから、とかじゃないといい。 「赤井さんは…父のことを、本当に慕っていて下さったんですね」 「………」 答えのない間は、肯定を表すのと同じ。は、そのまま続けた。 「それで、私のことも…父の娘である私のことを、守ってくれようとしているんですよね。でも、素人の私が言うのもあれですけど…もっと、赤井さんに迷惑がかからない方法がなかったのかな、って…いえ、あったと思うんです。なのに、なんでわざわざ、赤井さんが大変な目にあってるのかな、って…」 「………半分、当たっているが…後半に関しては、そうだな」 だんだんと、見たことのない景色が広がっていく。 銃を避けて、追跡を巻いてとしているうちに、どこか辺鄙なところへと来てしまったようだ。 「俺にとっての最適は、君にとっての最適じゃないだろう」 「……それって、…」 私のことを…優先してくれた、っていうこと……? 「最も、君が証人保護プログラムを受けてくれていたなら、全てはなかったことだがな」 「だから、それは、」 「今より昔の話だ」 (………………え……?) ギャギャギャギャッッ!! 一際激しくカーブを曲がると、そこは海辺の倉庫街だった。 「降りろ」 「え、あ、はい」 こんなときでも買ってもらったクッションを忘れない辺り、本当にちゃっかりしているとは思うが。せっかく買ってもらったのだ、大事にするのは当たり前だろう。 (別に…相手が赤井さんだから、ってわけじゃ…) などと考えている余裕もなく、一つの倉庫の裏手へと引っ張り込まれる。 「15分…いや、10分だな。10分、逃げきれ」 「私1人でですか」 唖然として返すと、瞬間、呆気にとられたような赤井と目が合った。あ、今の顔貴重、なんて思っている場合ではない。 「俺がひきつけている間くらい、大丈夫だろう?」 「嫌です」 「聞き分けのない子だな」 「子、じゃありません!!」 とっさに大きい声が出て、慌てて口を塞ぐ。 「……私、もう自分の意思で決められる年です。赤井さんに聞きたいことも、まだたくさんあります。でも、ここで別れて、決着がついちゃったら、私はもう赤井さんに話を聞ける機会がありません」 「俺が死ぬかもしれないからか?」 面白そうに返した赤井に、はややムキになって返した。 「赤井さんが負けるなんて、カケラも思っていません!…ただ、決着がついたら、私の元に赤井さんがいる理由はなくなります。仲間のところへ、赤井さんは戻ってしまうでしょう?」 そうなる前に、聞いておきたいことがあるんです。 そこまで言って、は赤井の服の裾を掴んだ。てこでも動かない、という意思表示だ。 「…わかった。責任持って、最後まで俺が君を守ろう。なに、今までと何ら変わらないからな」 「今まで…?」 さっきもそうだ。何か、気になることを言っていた。今より昔、って…? 「君は、自覚のないままに幼い頃から色々知りすぎていた。危険になったのは昨日今日に始まったことじゃないんだよ」 父上の死は、単なるきっかけに過ぎなかったんだよ。 そう続けて、ぽん、との頭の上に手を乗せる。 「…15年間、よく無事に育ってくれたよ」 「! まさか、」 ずっと…親戚をたらい回しにされている間も、あの家に戻ってからも、 「だから、君の希望に応えるのも、なんのことはないんだ」 自由に動くことのできなかった、君の父上に代わって、俺はずっと君の事を。 そしての手を引いて立ち上がると、赤井は微かに笑って言った。 「今更だよ」 ―――――"今更" ---------------------------------------------------------------- BACK |