「さっき、“半分当たってる”って言ってましたよね。それは、どういう…半分、なんですか?」
「…耳聡いな」
「私が特別そういうわけじゃないですよ!なんですか、うるさい小娘だ、みたいな」
「被害妄想だ」
「誤魔化さないで下さい!」
倉庫の裏に隠れたまま、が声を潜めて言う。
「…俺が、君を守っている理由。」

“父の娘である私のことを”

そうだ。
確かに、そうだ……。





「聞き分けのない子だね!」
「おばさんが、お父さんの悪口を言うからだもん!!」
「本当のことを言ったまでだろう?あんたの父さんはあんたを捨てて逃げたんだ」
「ちがうもん!!」
小学生の子どもに聞かせる言葉だとは思えない。
そして、外にまで聞こえる声量で言うことでも、ない。
(何を考えているんだ……)
塀に身を寄せ、赤井は心中で小さく毒づいた。
この家で、既に4件目。…あたたかな家庭には、いまだ、巡り会っていない。
(この子は、あの人の、大切な宝物なのに)
ぐ、と強く手を握り締める。…今の自分に出来ることは、
「………今日は異常なし、と」
小さく呟いて、その場を後にする。

…ただ遠くから、その小さな宝物が傷つかないよう、守るだけ。
そう、それだけだったのだ。本当に、最初は。
大切な人が大切にしていた存在、だから自分も大切にしたい。
そう思っていたのに。

いつからだろう?
その少女を見守っている時、自分がとても穏やかな気持ちになっていると気付いたのは。
いつからだった?
理由もなく、自分の手で守りたいと思うようになったのは。


そう、彼女は、自分にとっても大切な存在になっていたのだ。





「……だから、半分だ、と言ったんだ。」
「あの…今、自己完結しましたよね?一切その過程が私の耳には届いていないんですけど」
「話していないからな」
「喧嘩売ってませんか…」
不満そうに言うに、くすりと笑みをこぼす。
…今は悠長にしているが、次期にここも見つかるだろう。計画に落とし穴はないが、やはり万全を期しておきたい。
「君は、運動神経は悪くなかったな?」
こそりと耳打ちすれば、こくりと頷く。…何で知っているのか、それはもう聞く必要がない。
「じゃあ、その運動神経を買おう。俺の合図に合わせて、そこの倉庫の中に飛び込め」
「嫌です」
「…君は、死にたいのか、単に俺に逆らうのが趣味なのか、どっちだ」
「どっちでもないです。…じゃあ、ひとつ、約束をしてくれませんか」
「なんだ」
ぎゅ、と。
服の裾を掴み、が真剣な眼差しで赤井を見つめる。
「置いていかないで下さい」
私を置いて、一人で戦わないで。
己一人を、危険にはさらさないで。
「……ああ。」
くしゃり、と髪をまぜると、くすぐったそうに目を瞑る。
「赤井さんは、すぐに頭を撫でますよね?」
「…そうだな。そうすると、君が喜んでいたから」
“赤いから嫌だ”と拒否をされ、それなりにショックを受けていたけれど。おそるおそる頭を撫でたら、にこりと微笑んでくれた君。その笑顔をまた見たくて、笑って欲しくて。
「今の私は、…赤いの、嫌いじゃないですよ?」
とん、と。
赤井の背に自分の背を預け、小さく小さく、消えそうな声で呟く。
「………君、は、」
振り向き、その頬に手を伸ばしかけ、はっと動きを止める。…合図だ。
「行け」
とん、と。
その背を押して、扉の方へと押しやる。
「赤井さ、」
「またあとでな」

…ばた、ん。

その声に送られ、小走りに駆けて扉に飛び込み、そっと閉める。
ずる、と扉に背を預けると、そのまましゃがみこんだ。
「…大丈夫、大丈夫。」
約束してくれた。
置いていかないと、約束してくれたから。
最後に見た姿は、後姿。その背中は大きくて、信用に足るものだった。
(大丈夫……)
扉の向こう側は見えないけれど。
あなたの背中と、私の背中。離れていても、あなたの優しさが、ぬくもりとして残っているから。
…だから。

「絶対、大丈夫。」




背 中 合 わ せ


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