「シュウ!」
「…ジョディ。遅かったな」
「遅かったな、じゃないわよ!それはこっちの台詞。手筈通りなのね?」
「ああ」
短い返事に、ため息をつきつつも黙ってその場にかがみこむ。…要は問題なし、ということだ。
「俺のほうがこの場に追い詰められたと思っているだろう。…あいつも含め、な」
「あいつ?」
「倉庫の中の」
「…ああ、ちゃんね」
そこで、ジョディがにやりと笑みを浮かべた。
「…ねえ、シュウ?“あいつ”なんて、一体ちゃんとどんな関係になったわけ?」
「何もない」
赤井はぼそりと言っただけだが、ジョディはその微かな変化に気付いていた。
「フフン、怪しい、怪しいわね〜。後でもっとしっかり聞かせてもらうわよ?」
「…後で、な。」
そう返してから、赤井はゆっくりと銃を構えた。
「さあ、始めようか」





(…暗い、なあ。)
倉庫の壁には基本的に窓はなく、二階の上部にぽっかりと丸い窓(というより穴、といったほうがいいか…)が一つあるだけだ。そこから差し込む月明かりが、唯一の光源である。
下手に動けば、自分は確実に足手まといになるだけだ。余計なことはせずに、このままここで大人しくしているのが得策だろう。

“君は、自覚のないままに幼い頃から色々知りすぎていた。”

赤井の言葉が、脳内で反芻される。
…父が、自ら自分に何かを見せたり教えたりして、危険に巻き込むとは考えられない。自分でも大人しい性格だとは思っていないが、それは子どもの頃から変わっていないのだろう。度々父の書斎にもぐりこんでいたのは、よく覚えている。…何を見たのかまでは、今の自分には思い出せないが。
(きっと…お父さんは、赤井さんを信用していたんだ……)
丸い窓から見える月が、ぼんやりと滲んでゆく。…既に記憶にはない父に思いを馳せ、ぎゅ、と膝を抱えた。
赤井さんが、自分に代わって私を守ってくれると確信していたのだろう。長いこと、長いこと、ずっと遠くから、時には近くから。…そんなこと、知りもせずに随分と迷惑をかけたのではないだろうか。親戚をたらい回しにされている間も、相変わらず好き放題にあちこちに出かけていたから。
(ていうか…見られていたとしたら恥ずかしいあれこれがあるなあ…)
今度はそんなどうでもいいことが気になってきたりもする。ああ、自分も女の子だよなあなんて思った瞬間、そんなに遠くもないところからパンパンパンと激しい音が聞こえた。…今まで聞いた事がないからわからないけれど、いわゆる“銃声”というやつではないか…と、思う。
「っ…!」
とっさに身を伏せる。本当に狙われていたならその程度で防げるわけもないと思うが、ドッチボールで狙われたときに伏せてしまうのと同じ心境だ。…ゴムボールと弾丸を比べていることがそもそもどうかと思うのだが。
…だが、それっきり、音は聞こえなくなった。しん…と静まり返った倉庫に、少し角度を変えた月の位置。動くに動けず、ただうずくまっていると、どうしても考えは暗いほうへと向かってしまう。
(まさか、さっきので赤井さんがやられた…とか…?)
そうして、自分を探している最中だとか。
何を考えていても最終的にはそこにたどり着いてしまい、は頭を抱えて突っ伏したい衝動に駆られた。
(どうしよう…!警察に連絡した方がいいのかな、でもなんて言えば…ていうかあれ?FBIと警察ってどう違うんだっけ?ああもう私ってほんと馬鹿!!)

ギ……

「!」
自分の脳足りんさを恨んでいるところに聞こえた、軋む扉の音。
とっさに近くのドラム缶の影に隠れようと身を翻しかけた瞬間、扉が一気に開いての腕を掴んだ。
「いやっ……!!!」
パニックを起し、悲鳴をあげかけたの口元に、そっと人差し指があてられる。
「俺だ」
「……………あ、かい、さ……?」
「遅くなった。すまない」
本当にすまないと思っているのかと聞きたくなるほどの淡白さだが、つかまれた腕から感じるぬくもりは確かに彼のもので。
「……っ、良かった…やられちゃったかと思っ…!!」
赤井の胸に抱きつき、顔を押し当てる。ポロポロとこぼれる涙を、なんとなく彼に見られたくはなかったから。
「短時間で確実に、だからな。これでもう、しばらくの間君の身は安泰だ。それに」
一旦言葉を切ってから、再び続ける。
「…約束、しただろう。置いていかないと。」
そんなの頭を、赤井はゆっくりと撫でた。そっと、髪を梳きながら。
「泣かないでくれ。…君は、こうするといつも笑ってくれただろう?」
「…ひ…っく、私、いつまでも子どもじゃないですもんっ…!」
それでも、流れる涙を、無理やりせきとめ、視線を上げる。
「…それに、今は、赤いの、嫌いじゃないですから。そうしてもらわなくたって、私、笑顔でいられます」
「……そうか」
す、と頬の横に手を添えられて。
何が起ころうとしているのか脳が理解する間もなく赤井の唇が降って来て、そして、離れていった。
「……………え?」
「嫌いじゃ、ないんだろう」
ようやく理解が追いつき、は真っ赤になった。
「ちょ…!」
「あのねえ、シュウ!本当に女の子の気持ちってものがわかってないっていうか…ああもう本当に!信じられない!」
そこへジョディがやってきて、唖然としたままのを赤井から引き離した。いつの間にか、抱きしめられていたらしい。
「なんだ」
「あとはボスがやってくれるっていうから、様子を見に来たのよ。そしたら案の定、これでしょう?説明してもらうわよ!」
「説明……」
いかにも面倒で仕方がない、という風にため息をついてから、赤井はの方へと視線をやった。
「お前の口から説明しろ、。」
「!  ……は、はいっ………………て、え……?」
初めて名を呼ばれ、とっさに返事をしてしまったが、…それは、つまり。

「お前の言葉で、俺にも教えてくれないか?」
「………!!」

いつか見た、…きっと、ずっと見ていてくれた。
優しい微笑みを、浮かべながら。




教えて、 君 の言葉で


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