「すまないね、青い色ばかり好きだといって」 「ああ、だから……」 「気を悪くしないでやってくれないか」 「いえ、とんでもないですよ……」 アリアドネの糸で、導いて。 (また……) 最近、同じ夢をよく見ている気がする。 声は響くのに、困ったことに、会話をしている二人は見えないのだ。自分のことについて話している…らしいことはわかるのだが、如何せん夢も自分目線のため、身長の小さな自分が顔を見ることは叶わない。 (身…長……) 自分は、そんなに、小さかったか? 「……ああ、子ども、だから……」 呟き、自分の声で目を覚ます。ふ、と、水面から顔を出すように穏やかに。…今朝は、随分と簡単に眠りの海から抜け出すことができた。 「…………」 しばしぼんやりと天井を見上げる。…見慣れない天井であることに、驚きはしない。そう、自分は昨日引っ越してきたのだから。親しみやすかった木目の天井は、もうここにはないのだ。 「……ばか。」 何かにつけてかつての家を思い出してしまう自分を、小さく叱咤する。くしゃり、と前髪をかきあげると、そのままゆっくりと身を起こした。 「あ…れ……?」 何か、妙だ。 間取りが…なんとなく、違う気がする。 (あれ…あれ…?ていうか私…昨日の記憶、なんか曖昧じゃない…?) 遅くに入居して、荷物を部屋に置いて、その後、ジョディの部屋に邪魔して、珈琲を飲んで…? 「あら、目が覚めたのね」 ベッドの上で目を瞬かせているに、ジョディがひょいと顔を覗かせて微笑んだ。 「ごめんなさいね、あなたがあんなに弱いなんて思わなかったの。今モーニング珈琲を入れるから待ってて。…大丈夫、何も入ってないわよ」 一気に不安そうな顔になったに、ジョディが悪戯っぽくウィンクをする。さすがに朝から飲ませる気はない、といったところだろうか。 「そっか…私、酔って寝ちゃったんだ」 もぞもぞと起き出し、簡単に髪を撫で付ける。 「洗面所、お借りしていいですか?」 「ええ。場所はわかる?」 「はい」 隣が自分の部屋なのだから、戻ってもいいのだけれど…せっかくだから、珈琲までは頂いてから帰ろう。そんなことを考えながら、洗面所のドアに手をかける。 「…っ、あ、っ、待っ……!」 とっさにジョディが声を上げたのと、が扉を開けたのは、同時だった。 「……………」 あまりの出来事に愕然とし、の動きが、止まる。 「…………………。」 上半身裸で、タオルを片手にしている赤井に名を呼ばれ。 …その瞬間、金縛りが解けたかのようには全力で扉を閉めた。 「………………ジョディ、さ…ん……?」 「…sorry.うっかりしてたわ」 頬をひく付かせながら言ったに、ジョディがため息をつきながら応じたのだった。 「えええええ!?元は赤井さんの家!?」 「…黙っていた、わけじゃない。昨日来た時、は既に」 「シュウはちょっと黙ってて」 話がややこしくなると踏み、ジョディが間に入る。 「あのね、ちょっと面倒な話は飛ばすけど、色々あって、私とシュウはしばらく家を交換していたの。その方がお互い都合がよくてね。で、昨日が最後の日だったわけ。シュウの家に…本来は私の家だけど、向かおうと思ったらが来たのよ。シュウは予定通り戻ってきたんだけど…」 そこまで言って、ちらりと赤井を見るとの耳元でそっとささやく。 「あなたが酔って寝ているのに、二人きりにして帰るわけにはいかないでしょう?だから、今朝まで私も一緒にいたのよ」 ジョディの言葉に、の頬がかっと朱に染まった。 「ま、そんな気遣いはいらなかったのかもしれないけどね?」 「あ、や、いえ、その、ありがとうございました!!」 ぶんぶんと両手を振って言ったに、赤井が訝しげな表情を向ける。 「……ジョディ?お前、まだ遣り残していることがあるから残ると…」 「さーて、私はそろそろ行こうかしらね!」 皆まで聞かず、立ち上がる。それにあわせて、も慌てて立ち上がった。 「あ、私もそろそろ…」 「あらいいじゃない、もう少しゆっくりしていきなさいよ」 「何でお前が言うんだ」 赤井の最もすぎる発言はスルーされ、ジョディは「じゃーね!何かあったらいつでも連絡して」と言うだけ言って行ってしまった。 「……あ、あの、赤井さ、私…昨日、お風呂にも入ってないんで。自分の家に、戻りますね」 「…………ああ。」 なんとなく顔を見ることができず、視線を泳がせながら立ち上がる。赤井はそれに気付いていたが、あえて何も言わずにそのまま送り出した。 (あなたにも責任はあるわ) 「…わかってる。」 (この子、まだ一人で戦ってる) 「……そうだな。」 知っている。彼女が、“一人で”乗り越えようとしていること。 「……アリアドネ。この糸は、俺を正しく導いてくれるのか?」 手にした糸は、細く儚い。 どうか手繰っていったこの先に、迷宮の出口に。 …一番欲しいものが、待っていてくれますようにと。 ---------------------------------------------------------------- BACK |