佐伯瑛。 成績優秀、スポーツ万能、女子からの人気も高く、絵に描いたような優等生。 「うるっさい。黙れ、カピバラ」 「いったーいっ!!」 ………ただし、私の前で、以外。 決戦は、7月19日。 数日前から、校内の空気がなんとなく落ち着かない。それは、夏休みが近いことに浮かれているせいでもあるが、もっと具体的な理由があった。 (……誕生日、近いもんね。) チラリと視線をやれば、知ってか知らずか(いや絶対知ってるだろ)何食わぬ顔で次の授業の準備をしている瑛と目が合った。 にこ。 優しく微笑まれ、ぞぞぞ〜っと鳥肌が立つ。大概の女子ならはしゃぐはずのシーンだが、には、確かに聞こえた。「おいこら、こっち見てんじゃねーぞ」という、どす黒い瑛の声が。 (あああああ……。) さり気なく視線を外し、今日のバイトに想いを馳せる。…確か、今日から瑛が考えた新デザートがメニューに加わるはずだ。 (料理も…できるんだよね…) ああもう、本当に。 「佐伯くーん!移動教室、一緒に行こー!」 「うん、今行くよ。」 にこりと微笑んで向かった瑛を見送ってから、ガタンと席を立つ。 (……こんな私に、何ができるだろう。) どうすれば、あなたに喜んでもらえるのかしら。 「…というわけで、マスターの知恵をお借りしたく。」 「ははっ。全く、こんなに可愛らしいお嬢さんを困らせるとは…瑛も罪なやつだ」 結局考えても考えても答えは出ず、こうなったらと身内にアタックする作戦に出たわけである。 「本当は…ケーキとか、作りたかったんですけど。そんなの、瑛くん自分で作れちゃうし…」 しゅん、として言ったを、優しい眼差しで見つめ、ぽんぽんと頭を撫でてやる。 「マ、マスター?」 「…大事なのは想いですよ。お嬢さんが作ってくれるケーキには、瑛には絶対に作れないものが入っている。私でよければ、ご協力しましょう」 「ほっ…、本当ですか!?ありがとうございます!!」 満面の笑みで言ったに、微笑んで返す。 「店を閉めた後、瑛が二階に上がってからだから…あまり長い時間はできませんがね。休日、サーフィンに出ている隙にもやりましょう」 「はい!」 (やったあ…!!) マスターに特訓してもらえる、きっと瑛にも喜んでもらえる。 「頑張るぞーっ!」 そう言って、は拳を天に突き上げた。 「…なんだよ、今日はお前、バイトじゃないだろ。なんでついてくるんだ」 「べっつにー?」 「……………ふん。」 (なんだよ……) 今日、俺がたくさんプレゼントもらってたの、知ってるだろ。手作りの菓子や弁当だって。………忘れてた、のか?なぁお前、本当に忘れてたのか……? (なんか…馬鹿みたいじゃん。俺。) 一人期待して空回って、放課後になって、帰る時間になって。こっちの気も知らずに「一緒に帰ろ」とか言うし。 (…あーもう。) イライラする。イライラする自分にまたイライラして、無限ループに陥りそうだった。自棄気味に鞄からプチケーキとマフィンを取り出し、かぶりつく。 「…それ、今日もらったの?」 「え?ああ、これか。そうだよ」 「へえー。」 (なんだよ、それだけかよ。) 妬いてくれたのかな、なんて一瞬でも考えた俺が馬鹿だった。 「あーうまかったっ!!」 めちゃくちゃ美味しかったわけでもなければ、聞かれたわけでもないのに声に出してそう言う。 「え、そんなに!?ちょ、私にも一口!」 「はぁ?やだよ。なんだよそれ」 「いいじゃん!!一口だけ!!」 「…そう言われると意地でもやりたくなくなるな。拒否」 「えええー!!瑛の馬鹿!アホ!」 「へいへい」 そんなことをやっている内に、珊瑚礁が見えてきた。準備中、と書かれた札のかかったドアを開ける。 「ただい………」 パパパパパパパンッ!!!!! 「…………、ま……?」 唐突に響いたクラッカーは、扉の中ではなく背後からのもの。 髪にかかった紙吹雪を手に、ゆるゆると振り返る。 「…おい、、なにしてんだ」 「えっへっへー!マスター、お願いします!」 「え?」 今度はなんだ、と振り返れば、にっと笑ったマスターと目が合って。 …その手が示した、先にあるのは。 「……ケーキ?」 きょとん、とした声を上げて、机の前へ行く。 「……ハッピー……っぷ」 「え?え?な、なに?なんか変なのあった?」 吹き出した瑛に、が慌てて駆け寄る。 「これ、お前が作ったんだろ」 「う、そ、そうだけど…」 “マスターじゃないってなんですぐわかったんだろう”と顔に書いてあるに、瑛がにっと笑って応えてやる。 「コレ、綴りが違う。“brthday”じゃなくて“birthday”だ。iが抜けてるぞ」 「げっ…」 (マスター、教えてくれればよかったのにっ!!) 今朝作ったとき、横にいたのに。クスクス笑う様は、わかっていたのに教えなかったという顔だ。 「それも、お嬢さんならではなのですから。そんな顔をしては可愛い顔が台無しですよ」 「じいちゃん、おだてんなよ。本気にするぞ」 「ちょ、瑛っ!!」 文句を言おうと突っかかってきたの頭を片手で押さえ込み、貝殻の柄のフォークですっとケーキの端をすくう。 「あ、」 …何かを言う前に、瑛はそれを口に運んでいた。 「ちょ、ばっ、歌を歌ったり、おめでとーって言ったり、ろうそくとか、段取りがっ!」 「64点。」 「…………………はい?」 ぴく、っと頬が引き攣る。…なんだろう、なんだか、すごく嫌な感じがする。 「64点、だな。このケーキ。じいちゃんに教わったんだろうけど、まだまだ甘い。修行が足りん。」 「な、……なああああああっ!!!」 何を言うのかと思ったら、ケーキの点数!?しかも64点て!! 「何点満点!?70点!?」 「200点」 「低!」 「甘い採点だ」 「他の子のは採点なんかしてなかったじゃない!ひどいー!!なんで私だけ!?」 「ばーか、お前だからだよ」 「……え?」 まくし立てていた双方の間に、一瞬の間ができる。 「あ、いや、だから……」 きょとん、とした目で見られ、瑛がしどろもどろになる。 「……てやっ!!」 「痛い!」 チョップを決めてから、鼻息も荒く言う。 「…だから、この俺様が評価してやってるんだ、ありがたく思え!!」 「ちょ…何がなんだかさっぱり分かんないんだけど!瑛!?ちょっとー!!」 どんどんどん、と階段を上っていった瑛に、追いかけるように言う。 「ねえ!お誕生日おめでとう!って聞いてるのー!?」 「…落ち着いたら、降りてくるでしょう。」 楽しくて仕方ない、といった様子のマスターに、が膨れて言う。 「もう、全然祝えてないのに!しかもせっかくマスターに教えてもらったのに64点とか!ひどいですよ!」 「はっはっは。それはあいつなりの…いや、これは言ったら怒られそうだからやめておこう。」 カタン、と食器の音が響き、鼻腔をくすぐる香りが漂う。 「あいつが戻ってくるまで、珈琲でも入れましょう。どうぞ座っていてください」 「あ、私も手伝いますよ!」 キッチンに向かいかけ、ふと瑛が残していたフォークでケーキの端を口にする。 64点、いかほどのものだろうか。 「…なんだ、おいしーじゃん。」 あとで絶対文句言ってやる。そう決意を固めて、はキッチンへと向かった。 「…めちゃくちゃ美味かったっつーの。照れ隠しだってわかれ、馬鹿。」 ---------------------------------------------------------------- BACK |