自分がイライラしている原因なんて、結局自分にしかわからないんだ。
(…よくさ、“自分でもわかんない”とか言うけど、あれって嘘だよな)
自覚せずにイライラなんてしない。
それは単に、イライラの原因を認めたくないだけ。
(……要するに、だ。)
自分が今、なんでこんなにイライラしているかなんて。
「自分でもわかんないっつーの!!」
………認めたくないのだと、自ら認めてしまった。

ここ数日、あいつと、話してない。

認めたくないとかわかんないとか、そんなことを言い繕っては見ても無駄だとわかっている。とりあえず叫んだことですっきりすると、瑛は冷静に分析を始めた。突き詰めて答えを出さなければ、このイライラは解消されないままだ。
(…とかいって、早速答え出てるし)
考えるより先に飛び出した答えに、テルは自分でうんざりした。
…バイトで、事務的な会話のやり取りならしてる。「注文はいりまーす」「ありがとうございまーす」…これが会話に入るというなら、教師が出欠をとるそれすらも教師と生徒の会話と呼べてしまうだろう。
そうではないのだ。いつもはバイトが終わってからもぐだぐだ残ってなんだかんだと話していくあいつが、ここ最近はバイトが終わるとすぐに帰宅してしまう。それも自分がキッチンの奥の方にいるときだったりするので、気づいたらいなかった、なんてこともあった。
昼休みも、教室に居ない。
帰り道、声をかけてみようかと少し待ってみても姿を見せない。
あいつのよく行く店をウィンドウ越しに覗いてみても…


……
………
…………
……………

なに やってんだ 俺。

自分の行動を思い返して、テルはずどんと沈んだ。
情けないにも程がある。
このまま考え込んでいたら、ますます自分不審に陥りそうだ。放課後の屋上は特等席ではあったが、今日はもう大人しく帰ることにしよう。
屋上から続く階段を下りていると、賑やかな声が聞こえた。1人は知らない声だが、もう1人は……
(! っ)
別に姿を隠す必要もないし、むしろようやく声をかけられるチャンス、くらいに思えばいいのだが。
生憎と、先ほどまでの余韻を引きずって瑛はその場で足をとめてしまった。間には踊り場があるから、ここなら下から自分は絶対に見えない。
…そっと覗き込むと、思ったとおり、と、見知らぬ男子生徒がなにやら楽しそうに話している声が聞こえた。
「っ、」
それを見た、瞬間。

……胸が、苦しくて。
予期せず、不意に海に放り投げられてしまったかのような錯覚。
呼吸困難になってしまったかのような。

「で、どう?進んでる?」
「ああ、まあな。けど今回の作品は結構厳しめに評価されるんだろ?手が抜けないよな」
「そうだよねー。私ももーちょい簡単なの選べばよかった」
「俺は花をモチーフにしたからなあ」
「彼女が好きな花だっけ」
「まあなー」
「妬けるねえ」
「口ばっか。おまえだって好きなヤツの…」
「わー!ばかー!」

(……?)
会話の流れが、読めない。
どういうことだろうと階段を数歩下ってのぞきこんだ瞬間、たまたま上を見上げたらしいとばっちり目が合ってしまった。
「あ、テル!」
(げ)
最低だ、と思ったのもつかの間、共に歩いていたはずの男子生徒に忙しなく手を振ると、はぱたぱたとこちらへ走り寄ってきた。
「どうしたの?屋上にいたの?」
「…ん、まあ……」
「最近話せてなかったから、会えて良かった!」
「なっ……それは、おまっ……!」
「?」
それは、おまえが。
こぼれそうになった言葉を、繋ぎとめて。
「……なんでもない。忙しかったのか?」
つい、と視線を外したテルには気づかず、えへへと笑って言う。
「うん、手芸部がちょっと忙しくて。今度のコンテストがね、“大切な人が、大切にしてるもの・好きなもの”っていう厄介なテーマで…」
そこまで言って、今度はが慌てて視線をそらす。その挙動には気付いていながら、テルは特に言及せずそのまま促した。
「…ふーん。いつ終わるんだ?」
「来週の日曜日!」
「じゃ、終わったら遊びいくか。海でも」
「うん!!」
満面の笑みで、応えられて。
……毒気も一気に、抜かれてしまった。
(まあ…)
顔を合わせなかった理由もわかったから、よしとしよう。
の姿を見かけなかったのも、納得だ。昼休みや放課後は、手芸部の部室に通い詰めていたのだろう。バイトが終わってからすぐ帰宅していたのは、きっと家で続きをやるためだ。
「じゃーね!頑張る!」
「おー」
ひらひらと手を振って見送ってから、ふと気になっていたことを聞く。

「え?」
「お前がモチーフにしたのは、なんなんだ?」
「……………っ!!」
何気なく、聞いただけだったのに。
耳まで赤くなる勢いで、は真っ赤になった。
「…………しょう。」
「え?」
ぼそりと呟いたの言葉を聞き返したテルに、開き直ったかのように絶叫する。
「さ・ん・ご・しょ・う!!」
「さ……」
絶句したテルを尻目に、はすたこらと走り去ってしまった。
(珊瑚礁)
自分ととの間で、それが示すものは海の中のそれではない。
モチーフだといっていたから、作っているのは海の珊瑚礁であるかもしれないが…その言葉が示すものは、ひとつしかなくて。
……つまり、あの場所、あの店のことだ。
誰もいなくなった廊下で、今度はテルが真っ赤になった。
「…マスターでした、なんてオチは認めねーからなっ…!」

“大切な人が……”

鼓動が早い。
呼吸がうまく、できない。
けれど、先ほど感じたような苦しみは伴っていなくて。
そう、それは――――…




         息 が、 つまるほど






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