私ね、知ってるんだよ。 「とりゃっ」 「…っいたーい!!何すんの瑛くん!!」 「ふん」 …不器用な彼が、そこに愛情をこめてくれてる、ってこと。 手段は言葉だけじゃない (瑛くんのチョップって、周りの人にはどう見えてるのかなあ) バイトを終え、珊瑚礁からの帰り道。 鞄を前後に揺らしながら、は思案した。 …学校の友達の前では「優等生」の佐伯瑛クン、だから見られることはない。というか、見ちゃったら確実に大変なことになるだろうし、その辺は瑛自身が一番理解して、一番気をつけているだろう。 (街の人…、とか) 羽ヶ崎にいればそれなりに目立つかもしれないが、街に出てしまえば自分も瑛も、町人Aと町人Bにしか過ぎない。そんな二人を気に留めるような暇人も居ないだろう。 「なんだ、」 それなら。 「知ってるのはー、私だけっ」 ふふ、と微笑をもらす。 …はっきり言っておく。 最初の頃のチョップには、愛情なんてものはなかった。 本気で痛かったし、涙目になって訴えても勝ち誇った顔で見られるだけだった。 それが、いつからだろう。 そう…からかうみたいに、「ばーか」とか、「やーめ。」とか。 そんな言葉の端々に、優しさが混じり始めた頃だ。 瑛のチョップも、優しくなった。 チョップがなくなることはなかったけど、痛さに顔をしかめることはなかった。 ふざけて「いたーい」なんて頭を抱えたら、逆に心配させちゃったりして。(嘘だとわかった後に瑛から食らったチョップは本当に痛かった) あんな気障な優等生を演じているくせに、洒落た言葉なんて、瑛は絶対に言ってくれない。 嘘でも「お前はカピバラなんかじゃない…クレオパトラさ…!」とか言わない。 いや、そんなことを言う瑛なんて想像できないし、怖いけど。 (…だから、きっと) 瑛は、チョップに愛情を込めてくれている。 「…なーんて、ねっ!」 そんなことを考えていたら、なんだか急に恥ずかしくなり、靴と靴下とを脱ぎ捨て、一気に波打ち際へと駆けて行った。 「…気持ちいー。」 波打ち際に立つと、足元を波がかすめていく。 夕焼け色の海を見ているうちに、少しずつ心が穏やかになっていく。 ぱしゃぱしゃと波打ち際を歩きながら、そういえば、とふと思う。 「私…朝と夜の海、って見たことないなあ」 学校に行く途中に見る海、帰りに見る海。バイト上がりに見る海。 どの海も違う表情をしていて、飽きることがない。 朝と夜の海は、どんな表情をしているのだろう。 (見てみたいな) きっとまた、全然違う表情を見せるのだ。 「ー」 そのままぼんやり海を見ていると、不意に後ろから声をかけられる。 振り返れば、瑛が呆れた顔で立っていた。 「お前、まだいたのかよ。バイト上がりから今までずっと海見てたのか?」 「え?もう、そんな時間?」 慌てて腕時計を見れば、既に珊瑚礁を出てから1時間以上がたっている。だというのに未だに珊瑚礁が見える浜辺にいれば、瑛が呆れるのも無理はない。 「そんな時間だ。風邪引いたらどうすんだ、ばか」 ぺしっ。 食らったチョップは、いつも以上に優しかった。 悪態をついていても、結局は心配してくれている。 それがなんだか嬉しくて、へにゃりと笑ってしまう。 「わ、お前、なんで笑ってんだよ気持ち悪い!」 「きっ…気持ち悪いはないでしょっ!せめて可愛らしい、とか!」 「お前の“せめて”はどんだけ図々しいんだ!」 「瑛くんには言われたくありませんー」 「なんだと!?…ふふっ、どうやらチョップの出番らしいな…」 「わー!ごめんなさいー!!」 こういうときのチョップは、割りと痛い。慌てて逃げながら、ふとが言った。 「ねえ、瑛くん」 「ん?」 「今度さ、夜の海と朝の海、一緒に見よ?」 「ぶっ!!」 何気なく言っただけの台詞に、瑛が全力で吹き出す。…そうして、ジト目でを睨んだ。 「……お前さ、もう少し考えてからもの言えば?」 「え?」 単純に、どうせなら瑛と一緒に海を見たいと思っただけなのだが。 自分は何か、まずいことを言っただろうか。 「夜と朝って。お前馬鹿だろ。考えなしすぎる。…俺以外の奴に、そんな誘いかたすんなよ?」 「別にしないけど…なんで?」 「なんでもだ!」 ぺしっ。 「うわ、なんで!」 「正義の鉄槌。」 「わけわかんないし!」 …それでもやっぱり、今のチョップは痛くなかったから。 照れ隠しとかなんか、そんなんだってすぐわかるんだ。 (瑛くんの場合はー…) 言ったら怒るから、絶対に言わないけど。…けど。 (“チョップは口ほどにものを言う”かな) 自分の発想が面白くて、ふふふとつい声が出てしまって。 「おいっ、何か変なこと考えただろ!白状しろっ!」 「考えてないってばー!」 ……今度のチョップは、痛そうだ。 ---------------------------------------------------------------- BACK |