(くそ、遅くなった)
電車に揺られながら、瑛は時計を見てため息をついた。
今日はと約束があったのに、気ばかりが焦る。遅れる旨を伝えようと携帯を取り出しながら、ため息がこぼれた。
選択授業だけだから大丈夫、なんて軽く言うんじゃなかった、あのクソ教授、耳が遠いとかいってチャイム聞こえないフリしやがって――――

ブブブブブッ

「うわっ」
握り締めていた携帯のバイブに思わず声が出て、慌てて周りを見回してから画面を見る。着信は予想通りだ。だが、いつもは遅れてもメールなのに電話とは、一体どうしたというのだろう。
口許を手で覆い、小さな声で「もしもし」と応じる。

『進行方向、向かって右!』

「……は?」
突然の台詞に眉をひそめる。進行方向、向かって右?
『虹!!』
意味をはかりかねている瑛に、苛立つように声が続ける。
『虹が出てるの。空、見て!!』
「………虹?」
電車の窓に張り付いて、空を見上げれば。

「………あ、虹。」

…そこには確かに、近年まれに見る巨大な虹がかかっていた。あまりに呆けた声がおかしかったのか、電話口で『ぷ』と吹き出す声が聞こえる。
「…なんだよ、笑うなよ」
『あはは、ごめん。それだけ!ちゃんと待ってるから、早く来てよね!』
「おい、」
言葉を続けようとしたときには、既に通話は切れていて。
(…虹を知らせるために?)
わざわざ、連絡してくれたのか。自分から見て、どちらに出ているのかまで考えて。
(らしいっつーか…)
ふ、と笑みを浮かべて再び窓の外を見上げた時には、既に虹の姿はおぼろ気になっていた。
なんとなく寂しくなると同時に、急にこみ上げてきた感情。

―――――逢いたい。

虹のふもとに宝物、なんて信じているわけではないし、馬鹿馬鹿しいと思うけど。
あの虹の見える場所に、あいつがいる。
…そう考えるのは、なんだか楽しかった。

(虹が消える前に、辿り着けるか)

ぱちん、と閉じた携帯を鞄に放り込んで。
瑛は、開いたドアから跳ねるように飛び降り、改札へと続く階段を駆け上っていった。



               虹、君。




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