『怪盗キッド』

そう、呼ばれている時期があった。
その華麗な姿に人々は魅了され、持て囃す。
けれど、その姿を「気障で嫌味なヤツ」と切り捨てた存在がいた。
口が悪くて、群れることが嫌いで。
周囲の目とか、期待とか、そんな雑音とは無縁の世界に住んでいた。
緑がかった黒く長い髪に、同じように漆黒の光を湛えた瞳。
人々は「冷たく近づき難い人」と評したが、キッドは、研ぎ澄まされたようなその瞳が好きだった。

キッドに盗めないものはないと人々は賞賛した。
けれど、たった一つだけ。
彼女の心だけは、キッドにも盗むことは出来なかった。
何故なら、彼女には心に想う人がいたから。
キッドの入る隙間なんて、最初からなかったのだ。
それでも、キッドが彼女を想い続けた理由はただ一つ。
彼女は決して、キッドの行為を否定しなかった。
興味本位な言葉は言わない。
他の人のように、持て囃しもしない。
けれどキッドには、沈黙こそが彼女の優しさなのだと、そう思った。

上辺だけの言葉なんて要らない。
見せ掛けだけの優しさなんて要らない。

無言という愛情こそが、キッドの心を捉えて放さなかった。









大好きな君に








「―――――――まったく、厄介な性格してるよな。」

ウエイターが持ってきたばかりのコーヒーに口を付けながら、快斗は苦笑交じりに呟いた。
昔、苦いだけで何が美味しいか分からなかった黒い液体も、何時しか好んで飲むようになり。
香ばしいその薫りは、自然と心を和ませた。

少し古びた擦り硝子の窓は、外との気温差によって白く曇る。
窓の向こうでは、人々が寒さに肩を竦ませ足早に通り過ぎ、刺すような冷たい風と葉を落とした街路樹が、冬の到来を告げていた。

「……また昔話?」

快斗の向かいに座った女性が、呆れたような表情を浮かべながらカップをテーブルに戻す。
緩やかなウェーブがかかった漆黒の髪が肩の上で揺れ、白いモヘアのセーターと鮮やかなコントラストを描いた。
綺麗に塗られた爪でカップを弾く左手の薬指には、控えめに光る銀色の指輪。
何年にも渡る熱烈なプロポーズの末、ようやくはめて貰えた快斗の想い。
あれ以来、一度として外されることなく彼女の指に納まっているその指輪に、快斗は言いようのない幸せを感じる。
たかが、指輪。されど、指輪。
世界にたった一組しか存在しない対の指輪は、快斗が、『キッド』として盗んできた、どんな高価な指輪にも優る価値があった。

「当っ然!…にプロポーズを受け入れて貰うのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ。」
「―――――さあ?」

そっけなく返される言葉には、快斗にしか分からない愛情が沢山籠められていて。
そんな些細なことにさえ幸せを感じている自分に、快斗は思わず苦笑した。

初めて会ったときから、強い眼差しに惹かれた。
その心に想う人がいると分かっても、自分の気持ちを諦めることが出来なかった。
―――――だから。
その想い人が『黒羽快斗』であると知ったときは、喜びのあまり、人目も憚らず大声で叫んでしまった。

「…だいたい、紛らわしいんだよ。何で『快斗』は良くて、『キッド』はダメだったんだ?どっちも同じ、俺じゃねーか。」

非難めいた快斗の言葉に、はほんの少し眉尻を上げた。
何度、この会話を繰り返しただろう。
その度に同じ言葉を返し、快斗は同じ反応をする。
最初のうちは本当に忘れているのかと思っていたが、そのうち、快斗がこの会話そのものを楽しんでいることに気がついた。
それは、自分への想いを言葉にして欲しいという、快斗の切なる願い。
だからは、このときだけは快斗の我が侭に文句を言わず付き合う。
その度に快斗は、だけに見せる、飛び切りの笑顔をくれるから。

「…だから、いつも言ってるじゃない。私は気障な人間は嫌いなの。飾り立てた言葉なんて、何も心に響かないわ。『一枚の絵は、千語の価値がある』って言うでしょう?」

上辺だけの言葉なんて要らない。
見せ掛けだけの優しさなんて要らない。
在りのままの快斗がいて、心からの笑顔を自分に向けていてくれれば。
それだけで、自分は世界一幸せだと、そう確信する。

「だけど、『キッド』だって俺だろ?」

何度となく交わしてきた会話。
それでも快斗は、答えを聞きたくて同じ質問を繰り返す。

の言葉は、一枚の絵にも優るから。

「…何度も言わせないで。快斗は、快斗よ。『キッド』でも、他の誰でもない。誰も代わりにはならない。快斗は、世界中でたった一人の存在なのっ。」

最後の言葉は、照れ隠しからか少し投げやりになって。
ぷい、とそむけた顔が心なしか赤いのは、気のせいなんかじゃないだろう。

「―――――サンキュ、。」

カップに添えられたままの華奢な手を取って、自分の方へと引き寄せる。
バランスを崩す瞬間を見計らって奪ったキスは、らしい、ほんのり苦い味がした。


THE END

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Sanctus再始動のお祝いメッセージをくれた、大好きなウタちゃんへ。
いつも、温かく見守ってくれてありがとう!!
「コナン夢、楽しみにしています」というメッセージに、調子に乗って書いてみたら、こんな内容に…。
言い訳しようもない作品ではありますが、もし良かったら受け取ってください!
これからも、頑張りますっ。

2006.1.6
鷹宮美園

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あ、あわ、わ、ありがとうございました…!
まさかこんな素敵作品をいただけるなんて思っていなかったので、本気で嬉しいですー!!
キッドと快斗は別物で、そこがこだわりでもあるヒロインになんだかすごく共感できましたvv
ヒロインの言葉が聞きたくて、何度も同じ会話をしちゃうような快斗も可愛くて大好きです!
みーさん、素敵作品本当にありがとうございましたー!!こちらこそ今後ともヨロシクですvv




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