戻れるならば、あの頃に戻れればいい。


[ 剥がれたマニキュア ]


新一が突然行方をくらませて、数年が経った。
高校1年生だった私はこの冬を乗り越えてしまえばもう着慣れた制服を着ることもなくなり、推薦で入学の決まった短大に通うようになる。
新一は結局、戻ってこなかった。
何処で何をしているのか、新一は私に心配ばかりかけるくせに何も明かしてはくれなくてこういうときに幼馴染という関係がもどかしくなる。
恋人じゃない、私と新一はただの幼馴染だ。
いくら仲がよくても気心が知れていても、互いに干渉しあえるほど強い影響力を持ってはいないのだから「幼馴染」だなんて言葉に甘えて関係を変えようとしていなかった過去の自分が恨めしい。
それと同時に、なんて傲慢だったのだろうとも思う。
『新一はいつだって側にいて、私から離れていくはずがない』なんて、どうしてそんなことを思っていたのだろう。
確証なんて、どこにもないくせに。

ふぅっと長い溜息を吐けば、まだまだ冷たい寒空の下に白いもやが浮かび上がる。
手袋を付け忘れて剥き出しの指先には淡いピンク色のマニキュア。
これも、新一にねだって買ってもらったものだ。
ねだったというよりは、露天商の前でじっと立ち止まって凝視していた私に「欲しいなら買えよ」とせっついて、結局いつも通りの押し問答の末に新一が買ってくれたのだ。
「迷ってるの」
「買えってば、さっさとしないと映画の時間に間に合わなくなるぞ」
「うーん、でもつける機会なんて滅多にないし……」
「あぁー、おっちゃん。そのマニキュアひとつちょうだい」
「し、新一?!」
「ほら、欲しかったんだろ」
「う、うん」
「なら、遠慮なく貰っとけ。夕飯は頼んだからな」
「……ありがと」
どういたしまして、と笑う新一はやっぱり女の扱いに長けていた気がする。
有紀子さんの教育の賜物か、それとも天性のものかは知らないけれど。
そうして私の手のひらの中に納まったマニキュアは大事に大事に使われて、でも、もう残り少なくなってしまった。
また、新一にねだろうかな。
そんな思いが頭の中を過ぎるけれど、新一はいつ帰ってくるのかなんて解からない。
今何処にいて何をしているのかすら。

「もう、本当に何処ほっつきまわってるのよ。さっさとかえって来なさいよ」

呟いてみても、言葉は明るい星空に飲み込まれて消えていくだけだ。
もう2年半以上も会っていない。
ずっと一緒にいたのに、2年半なんて長い時間は慣れたことはなかったのに。

「浮気、しちゃうんだからね」

だから、私が浮気心を出す前に早く帰ってきなさいよ、と何処にいるかも解からない幼馴染に向かって精一杯の強がりを吐いた




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50万打記念のリクエストで書いてもらっちゃいました。ケウちゃんの新蘭見たかったので嬉しかったです!ケウちゃんテイストの新蘭が読めて嬉しかったです。50万打おめでとう!そんでもってありがとうv

蝶々屋
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