視線の先に見えるもの





と、ん。



先生の声と、チョークの音。
そして、周りの子がノートを取ったりする静かな雑音たちの中で、床に弾んだくぐもったその音は、やけに私の耳についた。

視界の隅で微かに動いたそれに視線を運べば、ころろ、と私の机の脚にぶつかった一つの使い込んだ消しゴムの姿。


とても見慣れたそれに溜め息をひとつ。


ちらと持ち主である隣人へと目を走らせれば、案の定、いつものように新聞を広げているその姿があるわけで…。


やさしーやさしー青子ちゃんは、
お馬鹿な幼馴染くんの為に消しゴムを拾うと、デコピンの要領で、新聞の端から覗くボサボサ頭へとそれを発射した。



びしっ。

「…でッ?!」



わお、クリーンヒット。

黒羽ー、って低い声の先生に、すんませーん、とか返して、ものすっごいジト目でこっちを睨んできた快斗くんに、私はにっこりと笑顔であっかんべーをした。



「…お前なぁ、」

「何よ、新聞なんか読んで消しゴム落としたのにも気付かない方が悪いんでしょ。」




ケッ、とか言って懲りずに新聞広げたコイツに、またまた溜め息。
どうせあの怪盗の記事でも読んでるだろうと思って横目で覗き見てみれば、どうやら 今回は普通の記事らしい。

スポーツ、芸能、政治関連、四コマ漫画、今週のお天気…。

ぱっと見たところそんなに目を引くような記事は見当たらなかった。
一体どこの記事をそんなに熱心に読んでいるのかと、彼の視線を辿れば、

その目線は、


新聞なんかに向いていなくて。







窓から見える校庭の一隅。

こちらにキャンバスの背を向けて、
それを睨みながら必死に筆を動かす、


一人の少女。







ちょっと驚いて思わず快斗の顔を見れば、
彼はそんな事にも気付かずにその女の子をぼーっと見ていて、


彼女が難しい顔でキャンバスに挑んでいる姿に、
快斗の眉間にまで皺が寄っていて。




なんだか何に対してなのかもわからずに、とにかく私はびっくりしてしまった。




もう一度ゆっくりと校庭を見てみれば、
実は彼女のほかにもちらほらとキャンバスに向かう生徒の姿があるのに気付いて、そういえば今美術で学校を描こう、なんていう課題をやっていたなぁ、なんて思い出す。
(ってことは、多分同じ学年の子なんだろうな。)



「ね、ね、快斗。」

「…んだよ。」



教科書で口元を隠しながら快斗をつつく。
先生は丁度今黒板にチョークを走らせてる真っ最中だった。
私はちょっと新聞を引っ張って、彼女へと視線を送る。





「…すきなの?」





いつだったかのように、こっそりと聞いてみる。

どうせ顔を真っ赤にして、「バーロ!!そ、そんなんじゃねーよ!!」って思わず叫んで(席も立ってしまうかもしれない)、先生に怒られて、もしかしたら廊下にまで立たされて反省文、…なんて。


そう、思って、いたのに。







「バーロ。…そんなんじゃねーよ。」





静かに、そう、言って。







確かにその台詞は私の予想していた通りのものだったの。でも、

こっそり聞いた私の声よりも静かで、穏やかで、
私が引っ張った新聞を、軽くいなすように伸ばして、
ゆっくりとまばたきをして、それからまた、

あのこを、みつめて。








こんなのっておかしいじゃない?

だって、幼稚園のみゆき先生の時なんて快斗すっごい真っ赤になって大騒ぎして私たち大喧嘩したし、小学校の頃は“ぽーかーふぇいす”なんてのをおじさまから伝授してもらった!とか言ってんのにやっぱり真っ赤で、騒いで、快斗が怒るから私泣き出して、結局二人して泣いちゃって周りをすごく困らせちゃったり。

なんだかんだ言って、そうよ、
快斗は感情が顔に出ちゃうんだと思うの。

ポーカーフェイス、すごく決まってて私だって騙されちゃうこと、いっぱいあるけど、
でもやっぱり、私は快斗はすぐ顔色変わって、とても分かり易いと、思ってる。


だから、とっても驚いて。


だから、


快斗が言ったこの台詞も、この声も、この態度も、全部全部全部、

“ぽーかーふぇいす”なんてものじゃ、ないんだろうな、って。





全部、
快斗が思ってた、もの、なんだろうな、って。








そう思ったら、
なんだか、すとん、って思った。


すとん、て。


喉の奥辺りでくるくる「なんでなんでなんで?」って回ってたものが、すとん、って、落ちた音。
あ、そう、「腑に落ちる」って感じ。







快斗は、あのこが、すきなんだなあ、って。







すき、なんかじゃちょっと弱いくらい、かもしれない。
多分、ボキャブラリー少ない私じゃ、上手く言えないんだけど。
でもでも、青子の中では、すとん、ってしたから、これで良いと思う。






時計を見れば、チャイムまであと10分を切ったところで、
先生は新聞広げてぼうっとしてる快斗をちょっと睨んでて、
私はちょっと慌てて教科書を見てる振りをして、
それでも快斗はそんな事には全然気付かなくって、
ずっと校庭のあのこを見つめていた。
















ここに背を向けたあの子のキャンパスには、どんな絵が描かれているのだろう。


何となくそんな事を思いながら、

私は真っ白だったノートに向かって、板書を写し始めた。




〜04,08,26


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咲名嬢と「やったねアテネ記念☆交換ドリーム」(アテネ関係ない)と称して無理やり書かせ強奪したものです。えへへ無理やりでも書いてもらって良かったです。
題名は勝手に考えてつけさせていただきました。咲名、ありがとでしたーっ♡

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