さわさわと風に揺れる木々
さああと流れる小さな滝
ギシギシと揺れる床
そして
じっと京の風景を見詰める………



願うはただ一つ君の…



「退屈か?」
「いえ、滅相も御座いません。」
寧ろこういう雰囲気は嫌いじゃない、と、は隣を歩く男に告げずにいた。
場所は清水寺。左を見れば自然溢れる中にも何処か歴史を感じさせる山々。前方には山と、その隅から見える現代的な町並み。そして右手には…綺麗な横顔と町並み。

「でも綺麗だよね、時々現代的なものが見えちゃってもさ、やっぱり京都ってこうやって見渡しても歴史を感じるっていうか自分が平安時代にトリップした感覚に陥るっていうかさ。」
「そうだな。」
「あ、お守り。ちょっと見てっていい?」
「ああ。」
じっとお守りを見詰めながら勝負事に関するお守りを探すけれど見付からない。
やっぱりそういうものは此処にはないのかと諦めて視線を自分の連れに戻せば彼はじっと遠くの風景を見るばかり。確かに綺麗な景観は視線を華麗に奪い去っていくものだが。

「…確かに、見蕩れるのも無理ないわ。」
通路からかの有名な『清水の舞台』に出てみれば其処は絶句する他無い程の絶景だった。
ぎしりぎしりと、歴史を踏み締めながら舞台の一番前に立つ。下を見下ろせば他の観光客達が川沿いの道をゆったりと歩いている。高さと不安定さに少しだけ身震いしつつも、は何とかその場所に踏み止まった。
清水の舞台から飛び下りる、とはよく言ったものだ、と。

「落ちるぞ。」
「…ん、大丈夫…。」
そっと横から腕を持ち上げられてはっとする。その安定感、否、安心感にようやく息を継ぐ。
ところで、彼は先程此処に居ただろうか?

「拝殿には行ったか?」
「…ああ、忘れてた。」
「二礼二拍手はいらないぞ。」
「…にれい…?」
「手は叩かなくて良いということだ。」
「ああ。知ってるって。」
寺院と神社の違いでしょ、と、は軽く笑った。そして踵を返して拝殿に向かう。
何人もの人が賽銭を投げて手を合わせている。明らかに観光客だろうと思われる若い人達は手を叩いて目を瞑っていたがこれは間違いだと教える者は誰も居ない。
静かに手を合わせて目を瞑る。願いはただ一つ。
それを此処で願うのは間違っているかもしれないが。


『来年こそ全国大会で優勝出来ますように。』


ただ、それだけだった。



「ねえ手塚。」
「何だ?」
「手塚は何かお願いした?」
「…拝殿でか?」
「うん。私はねぇ。来年青学が全国大会で優勝出来ますように。手塚は?」
「俺は…」
其処まで言って手塚は視線を3本の滝に移してしまった。
言うべき事じゃないのかな?他人に言ってしまったら叶わないのかな?などとが不安になっているとはつゆ知らず、彼はずんずんとそちらの方向に歩みを進めてしまう。

「音羽の滝だ。」
「凄く透き通ってるよね、錯覚だとは思うんだけどさ。」
手の長い柄杓を伸ばして水を汲む人々の列の最後尾に並ぶ。じっと見詰めていれば、その水て手を洗う人、手に注いでもらってそれを飲む人、此処では決まった作法は無いのかもしれない。

「あ、冷たい。」
風が吹くと細かな飛沫がさらさらと風下であるこちらに流れて来る。その先に虹が出来る。
その光景に子供達が無邪気にはしゃぐのもまた観光地ならではだなあとは目を細めた。

。」
「ん?あ、冷た。」
手を差し出せば手塚が柄杓に注いだ水をそっと静かにの手にかける。夏だと言うのにひんやりとしたその感覚に何故か視界がぼやける感覚を覚える。
近くにある筈の手塚の顔が不自然に歪む。

「ねえ手塚。」
「何だ?」
「…何を…お願い…したの…?」



「…。」
「…あれ?」
「何があれ?なんだ?」
「いや、そのですね。」
「話があるから生徒会室で待つと言ったのはお前だろう?」
「あー…そう、です、はい。」
「で、待っている間に寝てしまった、と。」
「あーはは…。」
ふう、と溜息を吐いて手塚が眉間に皺を寄せる。その表情を見て先程夢に出て来た手塚はこんな顔だっただろうかとふと考えるも記憶が曖昧で思い出せない。

「で、話とやらは何だ?」
「そうそう女テニの練習メニューのことだったんだけどさ、同じ立場ってことで男テニ新部長さんにもご意見伺おうと思ってたんだけどもう何かどうでも良くなっちゃって。」
「…そうか。」
あれ?と、が顔を上げる。何時もの手塚ならばそんな不真面目な、とか、いい加減なことをするなくらいのことは言って来そうなものだが、と、じっと彼を見詰める。
思えば彼は何処か挙動不審なような…。
と、何故か其処でふとは夢の内容を思い出した。

「あ、そういえばさ、手塚なら清水寺にお参りに行ったら何をお願いする?」
「…何を唐突に…?」
「だから、清水寺の拝殿に参拝に行って手合わせて何祈る?」
「それは…」

「「全国大会優勝。」」

「でしょ?」
「…まあ、な。」
「やっぱりねー。ま、私もそうなんだけどさ。」
「随分先の話だな。」
「来年だよ来年。今年終わったばっかなのになーとか思っちゃうよ。」
「悔しかったからな。」
「だよねー。」
そう呟いてぼうっと窓の外を見詰める。

。」
「ん?」
声のトーンの違いに気付いたけれど然して気には留めない。それ程に頭がぼんやりとして
いる。

「…誕生日、だそうだな。」
「ああ、今日ね。」
そういえば補習の時に友人達からプレゼントを貰ったな、と、少し重たくなった鞄を思い出す。それでも矢張り視線は空を見上げたままで。

「その…おめでとう。」
「は!?…あ、有難う。」
しどろもどろになりながら告げる手塚に今度こそは彼の方を向いた。驚きの声を上げるも更に夢のような事態は続く。

「良かったら、その…受け取ってくれないか?」
「え!?あ…有難うゴザイマス。」
小さな紙袋を差し出されて受け取る。どうやらこれは会長の机の下に隠されていたらしい。
と、ふと和を感じさせるお香の香りに嗅覚を奪われる。

「あれ?これって…」
「お爺様について京都に行った時に見付けた。」
「…うわあ、可愛い。」
それは兎が飛び回るも上品な色合いの薄紅色のポーチだった。
後から手塚に聞いた話によると、四条通を歩いていた時にふと和風小物の店のショーウィンドウに並んだこのポーチが目に入ったらしい。
まあ何とも手塚らしくないと言えばそれまでだが。とにかく、彼の念頭には京都に発つ直前に聞いたの誕生日のことがずっと置かれていた為そういう物を選んで見ていたというのもある。

「大事にするね。」
そう微笑んだに、手塚はああ、と、短く返事をした。




「…思えば一年ですねェあれから。」
「…ああ、そうだな。」
「あのポーチ凄い気に入ってるんだけどさ、私すぐ物壊すから持ち歩けないんだよねぇ。というわけで観賞用なわけですよ。良い香りだし。」
「…ああ、そうだな。」
「手塚サンも粋なことしてくれるじゃないですかーなんて見直しちゃったりしてさあ…」
。」
「ハイ、スミマセン。」
ごほんと咳払いをして名前を呼ぶ手塚の眉間には見事に皺が寄っている。理由はただ一つ。

「何度言ったら判るんだ、此処で寝るなと!!」
「だってすっっごい気持ちいいんですよ此処!丁度木の影だしさあ!良い風入って来るし。」
「部外者だろう。…いや、それ以前に生徒会室を昼寝に使うな。」
そう、は懲りもせずにあの日からちょくちょく此処を昼寝に使っていたのだ。不謹慎というか、罰当たりと言うか何というか。
生徒会役員もが手塚を待つ為に此処に居ることを知っているので平気で鍵を預けて帰宅してしまうから余計に始末が悪い。

「というわけで手塚さん、今日は私の誕生日ですよ?」
「だから何だ。」
「え?素敵な素敵な彼氏からまだプレゼント貰ってないなあ、なんて。」
「ああ、そうだったな。」
そう言って手塚がすっと目を細める。

ヤバイ。
の本能がそう告げるも遅かった。

。グラウンド15周。」
「なっ…どんなプレゼントよ!!」
「本来ならば20周のところを5周まけてやったんだ。十分だろう。」
「あーはいはい。この炎天下を汗だくになりながら制服で走ってやる!!」
そう吐き捨ててはばたばたと生徒会室を出て行った。丁度女子テニス部が走り込みをしているところだったのだ。其処に合流するつもりだろう。

「…全く。」
溜息を吐きながら残された手塚がの鞄にメッセージ付の小さな包みを忍ばせる。
彼女がそのことに気付いたのはへとへとに疲れて帰宅した後だった。




----------------------------------------------------------------
愛している(大好きを超えた)ほーちゃから素敵!すぎる誕生日プレゼントをもらっちゃいました…!!うわーんやっぱり私手塚好きすぎる。本当、改めて自分手塚気持ち悪いくらい好きだなあと思った。
しかも私が今、京に狂っていることを承知した上での京都設定。どこまで私を喜ばせれば気が済むの…!!ほんとありがとうございました!!手塚のためなら死ぬまでだってグラウンド走り続けてみせるよ。(うっわー)



BACK