君が好きだよ





様、今日はこちらでお休みになって下さいませね、と藤姫に朝一番に言われた。
分かってます、と答えると後ろにいた頼久とあかねが小さく笑ったのが分かった。
怨霊退治に行くから一緒に付き合えなくてごめんね、とあかねが両手を合わせていた。

「仕方ないよ。今日はどこも行かないでお屋敷の中ぐるぐるしとくから。」
「ちゃんとじっとしとけよ。前みたいに騒ぎになってもしらねえぞ?」
「・・・天真君に言われなくても、分かってるよ。」
「はは、んじゃ、暇そうなヤツに声かけといてやるよ。」
「私も怨霊退治終わったらすぐ戻ってくるね!」
「うん、あかねちゃん怪我しないように気をつけてね。」


物忌みの重要さは、古典で習ったけれど現代で生活していたら特に気にも留めないことだった。
ほんの少しなら、と思って屋敷を抜け出したのは少し前の物忌みの日のできごと。
桜が見たかっただけだったのに、ここまで大事になるとは思ってもなかったと反省したのは血相を変えた頼久が、自分を迎えに来た時だった。
屋敷では藤姫に泣きつかれ、泰明にはこってりとお説教をくらった。
あんまり心配かけんなよ、と天真にまで言われてしまい、それから数日間は屋敷から出ることを躊躇うほどに反省をしたのだった。











「・・・飽きた。」

鷹通から借りた文献に目を通し始めてどのくらい過ぎたのか、自分の腹時計はまだ鳴っていないから夕刻ではないだろう。部屋の中に大人しくいるのは嫌いではないが、一人きりだと多少滅入ってしまう。
天真が言っていた暇な人は捕まらなかったのだろうか。


「あかねちゃん?」
部屋の外から聞こえてきた小さな足音。
怨霊退治が終わって、真っ先に駆けつけてくれたのかと確認するまでもなく言葉を続けた。
「貝遊びの道具、藤姫ちゃん貸してくれた?」

かさ、と衣擦れの音がして、僅かな香りで誰が居るのかが分かった。
先ほど呼んだ友人ではない、別の人。

「と・・・友雅さん?」
「おや、香りだけで私のことを思い巡らしてくれるなんて、光栄だね。殿。」


君のご友人から文を預かってきたよ、と袖口に指を入れて上品な色の紙が取り出された。
自分が好きだといっていた色を覚えてくれたのか、あかねの気遣いは嬉しかったが文を託してくれるならば、ここまで来てくれてもいいのにな、と思いながらも文を受け取った。
何も書かれていないその文は、友雅がここに足を運ぶ口実を作ってくれたものだということが分かって嬉しいのか恥ずかしいのか分からないけれど、あかねに感謝しておこうとそっと文机に文を置いた。

借りにも位のある貴族の彼に文を託すなど、宮中で知られたら何を言われるか分からない。
それが女中の耳にでも入ったらもう最後、呼び出しを受けてる自分の姿が浮かんでくる。
もっとも、この時代に呼び出しなどがあったかは定かではないが、確実にちょっと来なさいよ、という言葉はこの時代にもあるはずて、嫉妬だって人の世には溢れているのだからあながち自分の想像ははずれでもないような気がして、は開けっ放しにしていた入り口に御簾をかけた。

「おや、大胆だね姫君。」
「あ、いや別に、深い意味があったわけじゃ・・・。」
「ふうん、深い意味はないけれど、御簾を下ろした、そういうことかな?」
「・・・だって・・・。」
「けれど用心するに越したことはないね、君を近くで見ているという特権は、誰にも渡したくはない。」

友雅の手の甲が、の頬にそっと触れた。
開け放していた入り口からの風に冷えたのかな、と届いた声にそんなことないです、とだけ返事をする。
文机の上に頬を置いて、木の香りを楽しんでいたとは言えない。
そんな幼いことをしているのだということを目の前の彼には、知られたくはなかった。

「日が長くなりましたね。」
「そうだね。」
「友雅さん、花火って知ってますか?」
「うーん、耳にしたことはないかな。」
「夏の夜に大きな火の花が咲くんです。真っ暗な中に明るい色がすごく綺麗なんです。」
「へえ、それは興味深いね。」

行った事があるのかい、と聞かれては頷いた。
幼い恋心を抱いていた相手と行ったこともあったし、仲のよい友人とでかけたこともあった。
天真に声をかけて、屋台でおごらせたこともあったなと思い出す。

「見せてあげたいです。」
「その花を?」
「はい、すごく綺麗だから。」

友雅の隣でみる花火は、綺麗に見えるはずだ。
オレンジ色の柔らかい光が頬にさして、いつもよりも穏やかな表情を浮かべているように見える。
ふわふわと実態のない光のような人だとは思う。
あかねに伝えた時、今のちゃんも同じ表現が当てはまるよという言葉をもらった。


殿、君には想い人がいるね?」
「・・・なんですか、唐突に。」
「ふふ、君の顔に書いてあるよ、君は正直だからね、観念するかい?」
「・・・しない。」

ふふ、と小さな声が耳元で聞こえた。
ゾクリと鳥肌が立つような感覚に、一瞬だけ身を引いてしまう。
その仕草に、おや、と友雅は一瞬だけ言葉をしまいこんだ。
このまま戯れているのも悪くないが、これ以上は自分のためにも止めておこうと距離を置いた。
こんなにも、頬が熱くなってしまうなんて。
目の前の彼に惚れてることを認めないといけないみたいじゃないか、とは自分の頬に手を当てた。

「・・・絶対、言ってやんない!」
「おやおや、随分と可愛らしい言葉をくれるのだね。」

その答えすら楽しそうに受け止めて、彼は笑った。魅了されてしまうその笑顔に、また自分の鼓動が高鳴った。
年の功になんて、勝てるわけがない。手のひらの上で転がしてやると思っている時点でも
う転がされているのかもしれない。
頬が熱くなるのがわかって、それを隠したくて体を反転させた。

殿、その仕草は返って逆効果だよ。」
「え?」

振り向いたその時、何でこういう動きが早いのかと思うほどにの体は見事に友雅の香りに包まれていた。
ほら、君は隙だらけだ、と扇子を口元に押し当てて友雅は小さく肩を揺らした。
じたばたと手足を動くたびに、衣は着崩れてしまうことはもう学んだ。
ただ、じっとその腕の中で脱出する方法を考えあぐねていると、視界に彼の宝珠が飛び込んできた。

「ちょっ・・・」
「目を、閉じてごらん。」
「な、何言ってるんですか、友雅さん。」
「大丈夫、怖くないから。」

この体勢が一番怖い、と言ってやりたいのにどうしても言えなくて光に反射する宝珠が綺麗だなと場違いなことを思ってしまう。
何で彼の宝珠がそこにあるのか、龍神に聞いてみたい気もするがそれはそれで怖いので諦めた。
そんなに悩まなくていいよ、適当だよ、適当、と神子であるあかねはの小さな疑問を笑い飛ばした。
(っていうか、適当にしちゃ、随分・・・色っぽいところにつけたもんだ。)

殿、ほら、いいかい。」
「うん・・・・ん?」

侍従の香りがいっそう強くなったのは、彼の手のひらが瞼の上に置かれたから。
明かりが遠のいていくのが分かる、仕方ない大人しくしているに限るとは降参の意を表した。
柔らかい光と一緒に頬にふれた柔らかい感触に意識を飛ばしかけてしまった。

「他の八葉に知られたらやっかいだろうね。」
「・・・・っ・・」
「その顔を見たくて、私はこうして君の元へ訪れ君と戯れているのだということに・・・」

君は、気がついていたかい、とさらに低音の声が響いて、どうしようもないほどに心臓がうるさくなる。
おや、頬が朱色に染まってしまったね、と彼は確信犯な笑みを浮かべていた。

「君が好きだよ。」






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私、これを読めただけでも遙かにハマって良かったと思いました。(真っ赤になりつつ涙を流しながら)
ムツ姉にこんな素敵な誕生日プレゼントをもらっちゃいましたよ!もう本当にどうしよう。死にそうだった。なんで私PCに向かって赤面してるんだろうとか思った(今更)
友雅さま好きすぎました。そしてこんな素敵な文章を書くあなたはいけない人ですね(混乱)本当にありがとうございましたー!!


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