「行くな」と、言ってほしかったわけじゃない。 優美な笑みで、見送ってほしかったわけでもない。 …ただ、冷たく突き放してほしかった。 「ちゃん、ポテトMで良かった?」 「うん、ありがとう」 あかねが運んできたトレイを受け取り、鞄をずらして取っていた分の座席を空ける。微笑んで席についたあかねは、ただの女子高生で、不思議な力もなくて、そして森村天真の彼女だった。…京にいる間に付き合うようになったらしい。 (一ヶ月) 全てが終わり、帰ってきてから。 (あの人は…) もう、忘れただろうか。ほんの一時の戯れであっただろう、私のことを。 (私は忘れない) あの人はきっと、忘れてほしいと思っているのだろう。…だから、絶対に、忘れない。 「少将殿、帝の警護は」 「代わってもらっている。すぐ戻るから心配するな」 持ち場を離れようとした友雅を見咎めた者が目敏く言うが、さらりとかわして通り過ぎる。じわりとした暑さを感じ、眉を顰める。…もう、夏になるのか。 神子が龍神を呼んで京を救ってから、ひと月が過ぎようとしている。自分が情熱を失ってから、ひと月が過ぎようとしている。 …行くな、と。言えるものなら言いたかった。いや、行かせずに済むならどんな手段も厭わなかったのに。 「君は…。」 …神子が目覚めたときにはもう、一足先に姿を消していたなんて。 それを追う術をもたない自分には、もはやどうすることもできなかった。…どうにかしたかったのなら、もっと早くに行動を起こすべきだったのだ。 (…君を想う度に、気が狂いそうになるよ。) これが、咎だというのならば。…甘んじて、受け入れよう。決して消えない、忘れることの叶わない咎を。 想い出と呼ぶにはまだ早い、 それは一生消えない傷痕 ---------------------------------------------------------------- BACK |