舞う花に、想いは短くまっすぐに。





「随心院?」
「ええ。友雅殿はそこがお好きで、よく訪れるとお聞きしていますわ」
「ふーん…」
この時代へ来る前に名前は聞いたことがあるが、とりたてて記憶に残っている地名でもない。ぼんやりと寺や神社のようなものを思い浮かべてみるが、いまいちピンと来なかった。
(じゃあ友雅さん、そこにいるのかなあ…)
“今日は来られない”という伝達が来たのが、先刻。八葉とてそれぞれの生活や仕事があるし、来られないというのも珍しいことではない。…だが。
(なんでだろう…)
その知らせを受けて、自分は今、確かにがっかりしていて。
藤姫が去った後、侍従の香が満ちた部屋の中でごろりと横になると、はゆっくりと目を閉じた。視界が失われることで、より強く侍従の香を感じるようになる。…眠ってしまおうかとも思っていたのだが、かえって目が冴えてしまった。
(…ちょっと、だけ)
行ってみても、いいだろうか。…随心院、へ。
「いなければいないですぐ帰ってくればいいし…うん」
自分を納得させるように呟き、そっと庭を窺う。…当たり前だが、そこには頼久がしっかりと控えていた。
(うー…できれば一人で行きたいんだけどなあ…)
こっそり出ていって後でバレたときの、鷹通や藤姫の反応を考えるとそれは躊躇われた。何より頼久が必要以上に己を責め立てるだろうことは目に見えている。
(…仕方ないよね)
プラスマイナスを考えた上で結論を出すと、は油断なく周りを見ていた頼久に声をかけた。
「頼久さん。ちょっと随心院まで行きたいんですけど、近くまで一緒に来ていただけますか?」





「あ、ここで…」
随心院が視認できる位置まで来ると、はそう言って頼久を止めた。
「しかし…」
「すぐ戻ってきますから。何かあったら、ちゃんと声を出してお知らせします」
まだ何か言いたそうな頼久を無理矢理押し止め、随心院へ向かって歩き出す。京は大分あちこち歩いたと思っていたが、ここにはまだ踏み入れたことがなかった。
「………わ、ぁ」
一歩中へ入ると、はその光景に目を奪われて声を漏らした。…しばし動くこともできず、その場で足を止める。
「綺麗……」
季節は春。何を惜しむでもなく咲く満開の桜がを出迎えた。
この場所は、自分たちの時代にも残っているのだろうか。だとしたら相当の花見の名所になっていそうだが、今この時代に酒だ肴だと騒ぎ立てる愚か者はいない。
(……っと、いけない)
見惚れるあまりに目的を見失っていた。今日来たのは桜を見るためではなく、友雅を見つけるためだ。
きょろきょろと周りを見渡すと、一際大きな桜の木の下に、見慣れた牡丹の直衣を見つけた。
「あ!とも……」
友雅さん。
…そう呼びかけようとして、言葉を飲み込む。まさか、でも。確証を得ようとそのままそっと歩み寄ると、は膝をついて友雅の顔をのぞき込んだ。
(わぁ…寝てる……)
幹に寄りかかり、扇を膝の上に乗せ。
規則正しく上下する肩には、ひとひらの桜があった。
(…まつげ長いなあ)
普段凝視するようなことはない友雅の顔をじっと見つめ、改めて思う。マスカラ使ったってこうはならないよ、お肌も綺麗だし化粧水は何つけてるのかな…。
不意によぎった現代的思考を慌ててかき消す。そんなもの、今の時代にあるわけない。これが友雅の地なのだ。
「友雅…さーん?」
そっと呼びかけてみる。…応えはない。
(…なんでだろう)
そう考えるより先に、手が出ていた。…友雅の、頬に。
「…姫君。寝込みを襲うとは、大胆じゃないか」
「っ!」
不意に聞こえた声に、ばっと手を引く。…私は今、何をしていた?
ゆっくりと目を開けた友雅は、当たり前だがいつも通りの友雅で、寝ていたときのように直視することはできなくなってしまった。
「ごっ…ごめんなさい。その、私、」
考えるより先に手が出ていた。…なんで、こんな行動に出てしまったのだろう。寸分考え、ぱっと出た答えをそのまま口にした。
「そ…その、さ…触りたかった…ん、です」
…口にした直後に後悔した。同時に混乱が襲う。触りたかったってなんだ自分、それじゃあ変態みたいじゃないか!
だが笑うでも軽蔑するでもなく、友雅は軽く目を見開いた。滅多に見られない、驚いたような表情だ。
「…神子殿。それは無意識かい?」
「え?」
「…相手に触れたいと思うのは、触れたいと思うような相手は、…どんな存在かな?」
「え……と?」
自分の言葉で完全に迷宮に陥ったを見て、友雅は苦笑した。…全く、この姫君は。無意識とはたちが悪い。
「ちょっと考えたいことがあってね。こんな状態で神子殿の元へゆくのは躊躇われたからお休みを頂戴したんだが…やれやれ、そちらから来られては逃げられないじゃないか」
そう言って、ちょいちょいと手招きをする。座れ、ということらしい。
「…藤姫に、友雅さんが随心院が好きだって聞いて。もしかしたらいるかなと思ったんです。勝手に来ちゃってごめんなさい」
しゅんとして横に座ったの頭に手を乗せると、友雅がのぞき込むようにして言った。
「…いいんだよ。結果的に神子殿が来てくれたおかげで、自分の中でもうまくまとまりそうだからね。…おや神子殿、どうかしたかい?」
「や、その…」
…わかっている、この人は。
頭に手を乗せられては顔を背けることができない。それを承知の上で、顔と声という武器を存分に自分に使っているのだ。
「〜〜〜っ、友雅さんっ!」
「ん?神子殿、どうしたのかな?顔が真っ赤だよ」
にっこり笑って言われた瞬間、の中で何かが切れた。
「うわーん、頼久さぁぁんっ!!」
「…それはないだろう、神子殿……?」
あっと言う間にやってきた頼久に両手をあげて応じると、友雅は苦笑しながらそう言って身を引いた。
“触れたい”なんて、まっすぐな想いを告げてくれたのだから。
…それ相応のお返しはさせてもらわないと、ね?




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