過去にも未来にも囚われることはなく、ただその瞬間だけを愉しんで生きていた。 全てを人並み以上にこなし、容姿端麗で雅やかな雰囲気を身にまとう、そんな自分が愛していると囁けば例外なく皆自分の虜になっていった。後腐れのない付き合いの出来ない女はできるだけ避け、割り切った付き合いのみを選んできた。 「一瞬」が愉しければそれでいいのだと。そして、自分の中に無遠慮に踏み込もうとする者は例外なく排除してきた。 「友雅さん!」 …だが。 「良かった、まだお屋敷の中にいて。もう帰っちゃったかと思いました。…あの、詩紋くんと一緒にお菓子作ったんです。これから皆でお茶会しよう、って言ってて。友雅さんもいかがですか?」 そう言って、にこにこと笑う少女は。 「…そうだね。神子殿のお誘いとあらば、断るわけにはいかないな」 「本当に!?良かった!」 …ずかずかと一切の遠慮もなく自分の中へ入ってきて、しかも退こうとせず、しっかりと居座ってしまった。 それを不快だと思う自分がいないことに、いやむしろ、それを心地良いと思ってしまっている自分がいることに、妙な心地がした。初めてのことに、まるで心がついていかないようで。 (…なんて、恋も知らない少年ではあるまいに) 青春時代に戻ったかのような心に、苦笑をもらす。まったく、自分は一体どうしてしまったというのだろう。 「友雅さん?早く行きましょう!お茶が冷めちゃいます」 いつまでも突っ立ったままの自分の手を、少女がいきなり、何の躊躇いもなくぎゅっと握って歩き出した。 …考えられない。本当に、自分の常識が一切通用しないことを身にしみて感じる。こうした驚きを、この少女に何度教えられたことだろう? 素直な感情をそのまま伝えるを良しとせず、遠まわしな言い回しにしたり歌で伝えたりするのが当たり前のこの京で、彼女はまっすぐに自分にぶつかってきた。そのまっすぐさは、純粋ゆえに飾り気もなく、全てが心の琴線をかき鳴らした。 だがそれを不快だと思うより前に、なんとはなしに嬉しく思ってしまう自分がいる。…そのことに気付いたのは、つい最近だ。 「…神子殿。」 「はい?」 くるりと振り返った少女は、まだ「女性」と呼ぶには早い年頃で。あどけない表情に、言葉をとめかけ、ゆるく首を振る。…芯のある、少女だ。 「君は、今、何を思って生きている?」 「…………何を、ですか?」 唐突といえば唐突過ぎるその問いにも、少女は臆することなく真っ向から向かってきた。何故そんなことを、と聞き返したりはしない。言の葉に宿る魂の意味を、そしてそれを問う者の想いを、この少女は知っている。 「そうですね…京を救いたい、です。この京に住む人が、安心して暮らせるように…鬼に怯えずに済むように。もっと『今』なら、次のお札、東のお札を無事にとれたらいいな、って思ってます。もっともっと『今』なら、」 そう言って、にこりと笑って言う。 「友雅さんが、お菓子をおいしいって言ってくれたらいいな、って思ってます。」 …さすがに、驚いた。 京を救うという目的と、自分が菓子を気に入るかどうか。それが、この少女の中では並列に並んでいるというのだから。 「……なるほどね。ありがとう、神子殿。では、そのお菓子を頂きに行こうかな?」 「はい!」 ただ一つ、共通していることといえば、それはすべて、『誰か』の幸せのためであるということ。 そして、その幸せのために、一瞬一瞬、その刹那を、ただひたすらに懸命に生き抜いているということ。 …そんな、彼女を見ていると。 (誰かのために、誰かの幸せのために) ただ悪戯に、自分が愉しむのではなく、 (その刹那を生きて行くのも) 良いかもしれないと。 (…そう、思ってしまうのだよ。) けれど私には、多くのものの幸せを祈るような度量も、気質も持ち合わせてはいない。だから、 (人の幸せにばかりかまけている君を、私が幸せにしてあげたいと。) ねえ、神子殿。 いつか…いつの日か。 (ねえ…。) そう、君の名を呼んで。 君といるこの刹那が、劫へと変わる日が来ることを望んでもいいかな。 ---------------------------------------------------------------- 「遙か1阿弥陀企画 -永遠の桜吹雪を阿弥陀に…-」に投稿させて頂いた作品です。ありがとうございました! BACK |