「新一…」 「なんだ?」 明日は日曜日。テレビを見て、本を読んで。ほどよくまどろみを覚えてベッドへと倒れ込み、夢の世界へいざ飛びたたんというときに、ふいに自分以外の誰かの存在を感じて、ゆっくり目を開けば、端整な顔立ちの男の子とぱちりと目が合う。そして耳元で聞こえる声に、くすぐったさを覚え… の苛立ちは、MAXに達した。 「出てけぇぇえぇえぇぇぇっ!!!」 「どおうわあっ!?」 蘭直伝の投げ技を受け、新一は見事にベッドの上から放り出された。 「何すんだよ!オレはおめーを守ろうと…」 「心の底から余計なお世話っ!」 …話は、数時間前に遡る。 「いただくってなんだよ!!オメー、あいつといつの間に…」 「や、ないない。それはあり得ない」 ぱたぱたと手を振って、冷静に否定する。一瞬動揺はしたが、なんのことはない。これは快斗の新手の嫌がらせだろう。 「だいじょーぶだって。平成のホームズ様がそんなことで動揺しちゃダメでしょ?絶対何かの間違い、ていうか嫌がらせだよこれ」 適当に言い繕って自分の部屋へ引き上げようとするを、新一がひきとめる。 「けど、オメー今日だって電話の向こうで…」 「…あー…あれは快斗が急に耳元で…」 声を出したからびっくりしちゃってね、と言いかけてはっと口に手をやる。 「…?」 (そうだ…あの時、なんか快斗、変なこと言って…) 次に盗るものが、どうとか。 「ねえ新一!うちに宝石なんてあったっけ!?」 がばっ、と新一の胸倉を掴んで詰め寄るに、新一が目をぱちくりとさせる。 「宝石……?」 なにを言いたいのかわかったのと同時に、がおかしな考えにたどり着いていることも見抜いていた。 「…実はな、オメーの部屋に隠し扉が…」 「それだぁぁぁっ!!」 言うが早いかすっ飛んでいったを、新一は苦笑しながら見送った。 「…あるわけねーだろ。」 至る、冒頭。 自分の部屋を探し尽くしたところでようやくは新一の嘘に気付き、さっさと諦めて自分の好きなことをやっていたのだが。…新一が、横に張り付いて離れないのである。 「快斗の勘違いとか、嫌がらせとかそんなんだって!この年になって勝手にベッドに入ってこないでよね、変態探偵、略して変探偵っ!」 「なんだとコラ、オレは名探偵だっ!それに小さい時はしょっちゅう一緒に…」 「いくつの時の話だぁぁぁぁ!!」 「って、それは待て…!」 再び投げの構えを取ったに、頬を引きつらせる。実はは、中学まで蘭と同じ空手教室に通っていたのだ。身の保身をと思って好きに習わせたのだが、まさかそれで自分の身が危ぶまれることになろうとは。 「うわぁぁぁっ!!」 「あ、やば…」 新一の行く末を見て、が小さく声を漏らす。…開けっ放しの窓が、新一を出迎えていた。 「っ、オメー手加減しろよなぁぁぁ ぁ ぁぁ…」 だんだん小さくなっていった声に、は軽く冷や汗をかいて窓辺へと向かった。 「新一ぃー!?生きてる!?この前貸した120円まだ返してもらってないんだけどー!!あとあのゲームのラスボスの倒しかた…」 「他に」 「言うことは」 「「ないのかー!!?」」 がばっ、と目の前に現れた2つの顔に、は硬直した。窓辺には大きな樹が枝を広げており、ここまで登って来ることが出来る(実際、も時々これを使用して新一の目をくらませている)のはわかる。…だが、なんで新一が2人になっているのかがわからない。 「騙されるなよ、!こいつはキッドだ!」 「しっかり10時に来やがった!」 「オメーなら…」 「「どっちがオレだかわかるだろ!?」」 「……うー」 一斉にまくしたてられ、は大いにたじろいだ。こんな風に、こんな顔でこんな声で、こんな探偵は1人だけで十分だというのに。2人もいたらやかましいことこの上ない。とりあえず何か言わなければ…と俯き気味に言ってみる。 「ごめん…わかんない」 「「マジかよー…」」 部屋に上がってきていた新一(と、どっちかはキッド)が全く同じリアクションで俯き、肩を落とす。あ…ちょっと面白いかもしんない。 「オレたちのどっちが新一か見抜けなかったら」 「オメーを連れて行くとか言ってやがるんだぞ!!」 (打ち合わせでもしたんじゃなかろうか、この2人…) 息の合いすぎた2人に、が眉をひそめる。まさか本当に双子なのはこの2人なのかもしれない、私ってばもらわれっこ?などと、直接関係の無いところで脳が活発に活動を始めてしまった。 「…やっぱり、江戸川にかかってる橋?」 「「何が…?」」 やはり全く同時に声を上げた2人の新一(全くややこしいことこの上ない)に、が暢気に応える。 「いやぁ、本当はあなたたち2人が双子で、私はひろわれっこなんじゃないかと…」 「んなわけねぇだろ!!」 「っつ、」 ものすごい勢いで飛んできた左側の新一に、ものすごい力で肩を抱かれては思わず声を出した。 「あ…ごめ…」 「ううん…いや、まさかそんなすごい勢いで飛んでくるとは思わなくって。ごめんね新一、試すようなことしちゃって。一応確認したかったし」 にっこり笑って、ぽんぽん、と新一の肩を叩く。 「! オメー、最初から…」 「…なめんじゃないわよ、何年付き合ってると思ってんの?」 「っ……!」 感極まって飛びついてこようとした新一をさらりと避けると、後ろで微笑みながらこちらを見ていた新一…キッドへと、視線をやった。 「…参りました、降参です。今回は大人しく退散することにしましょう」 「そうしてもらえると有り難いな。まぁ“今回は”ってのが引っかかるけど」 すたっ、と窓辺へと飛び移ったキッド――既に白装束に身を包んでいる――に、がひらひらと手を振りながら言う。 「…恐れ入りました。私のほうが甘かったようです…それでは、また」 「って大人しく返すかよっ、待てキッド!!」 新一が飛びついた時には、既に窓からキッドは飛び降りていた。も駆け足で窓辺へ駆け寄ると、大声で言った。 「また、来週ねーっ!!数学の宿題忘れんなよーっ!!」 「! …も、なっ!」 片手を上げて応えたキッドに、も笑顔で応えた。それを見て、新一が不貞腐れたように言った。 「ちぇっ…江古田高校か…」 「まぁまぁ、いいじゃん。ほら新一、さっさと自分の部屋に戻った戻った!」 新一の背中を押し、ずるずると出口まで運んでから扉を開ける。 「なー、…」 「はいはい、わかったから。もう今夜はお休み」 扉を閉めかけながら、がウィンクして言う。 「…また明日、ね?朝食の用意、忘れないでね」 パタン。 「……!おう、また明日なっ!!」 また明日。 その言葉の響きに、新一が満面の笑みを湛えた。明日は日曜日。朝食はゆっくりととろう。下手な料理を作ったらかえって怒られてしまうな…と悩みながら自分の部屋へと向かった。 …そう、いつだって、どこだって。 奇跡は、何度でも起きる。 ---------------------------------------------------------------- BACK |