今日は何の日?





「…私たち、もう別れよう。」

あまりにも使い古されてはいるが、その意図は相手に明確に伝わる言葉。
…快斗は、視界が真っ白になった。





「はぁ?」
いつもは煩いほどに元気な級友がしょぼくれながら言った言葉に、快斗は眉をひそめた。
「だからさー…去年のエイプリル・フール。学校なんか当然休みだろ?そんな日にわざわざ彼女に呼び出されたら、『一体なんだろう』って普通わくわくするだろ?…そしたらいきなり『別れよう』だぜ。もう本当、ダークアウトってあーいうことを言うんだな」
春休み直前、短い休みを精一杯満喫しようとした矢先にこれである。ちらりとのほうを見やりながら、快斗が言葉を続けた。
「…で、『なーんだ、エイプリルフールだろ?』って軽く返したら『そんな風に軽い存在にとってたなんて』と言われてそこで消滅、と。…告白しても本気に取られない日だとは聞いてたが、逆もあったんだな」
どっちもどっちだと思う。間抜けなことに変わりはない。
「2日に別れ話してくれりゃ良かったのになー」
「そーいう問題じゃねぇよ!!あーくそ、テメェに話したオレが馬鹿だったっ!」
そう言い捨てると、別の友人の机へと赴いていく。…どうせ同じ話をするのだろう。ああして話すことで、人の傷は癒えていくものなのだ。
「黒羽くんも」
「おわっ!?」
突如耳元で聞こえた声に、椅子から飛び上がる。…振り向いてみればなんのことはない、紅子だった。
「別れ話をされたとしても、軽く流さないことね。本気で受け止めれば、それを食い止めることも出来るかもしれないわ」
「…んだとぉ?」
むっとして睨むと、紅子はクスクスと面白そうに笑った。
「別に?ちょっと忠告してあげただけ」
そう言うと、すたすたと歩いて廊下へ出て行ってしまう。…一体、何だというのだ。
「あ、さん」
「え?あ、紅子ちゃん」
ちょうど廊下を向こうから歩いてきていたを捕まえ、紅子がそっと耳打ちする。
「…いいこと教えてあげるわ」





「えっ…いや……え…?」
学校が始まるまではもう間がなく、そんな日にわざわざ呼び出しをもらって、…それで、いきなり別れようときたものだ。ちょっと早いクーラーを効かせた喫茶店の中、真剣な顔をして向かい側に座っているに、快斗は止まりそうになる思考回路を必死に働かせた。
(! エイプリルフール…!)

別れ話をされたとしても、軽く流さないことね。本気で受け止めれば、それを食い止めることも出来るかもしれないわ

(………!)
エイプリルフールを思いつくのと同時に、紅子の台詞が頭をよぎる。軽く流せば、そこで終わる?けれど今日はエイプリルフールだぞ?
「あ…そ、その…なんで、突然そんな…?」
結局、なんとも言えない無難な返事を返すことしか出来なかった。の表情に、一瞬別のものが混じった気がするのは、…気のせいだろうか。
(うわー!?快斗、本気にしちゃってるよ!?どうしよ、まさかそんな真面目にとられるなんて…!すごい、これはもしかして初めて“エイプリルフールに”人をだませるかもしれない…!ありがとう紅子ちゃん!)
一瞬混じった別のもの、それは笑顔だったりするのだが、快斗はそこまで見抜くことは出来なかった。
「えーと…その…」
そこで、はぐっと詰まった。そう、理由まで考えていなかったのだ。

「…なんていうか…全部?」

軽く俯きながら言ったの言葉に、快斗は口に含んでいた水を吹き出した。
「ぜっ…全否定!?」
それではとりつくしまもないではないか。真剣に受け取ったところで、そこまで否定されてしまってはどうこうなるとも思えない。もうこうなったら、今までの自分の行いを改め、認めなおしてもらうしかない…!
!!」
「はいぃっ!?」
急に身を乗り出され、がしっと肩を掴まれは硬直した。そろそろネタ明かしをしようかな、などと思っていたのに出鼻をくじかれ、口をぱくぱくさせてしまう。
「オレが悪かった!!もう勝手に夜中に侵入して寝顔を覗き見たりしないし、授業前に宿題のノートをスって困らせたりしない!強風の日のスカートめくりも極力控え…って、あれ……?」
…先ほどまでとは違う、明らかに異質の空気をまとったにあとずさりする。…本能というか、動物的な勘が警告を発している。そう、いわゆる“第六感”だ。
「…あのね、快斗」
「お、おぅ…」
ゆっくりと、自席に戻る。の周りの空気が黒く見えるのは、気のせいだろうか。
「今日はエイプリルフールで、さっきのは単なる嘘だったの。ほんのお遊び。紅子ちゃんが『きっと黒羽くん驚くわよ』って提案してくれたの」
(! 紅子のヤロウ…)
間違いなく、自分はだまされたのだ。あそこで紅子のあの台詞がなければ、今日のこの件も聞いた時点で笑って終わらせられたはずだ。
「『ごめんね、嘘だよ』って言って終わらせるつもりだったの…」
そこで、キッと顔を上げて快斗を全力で睨みつけた。
「だけどまさかそんなことされてるなんて思わなかったっ!!最低最悪このバ快斗!!スルメイカイ斗!」
「スッ…スルメ…って、いやそんなことよりじゃあ何か!?オレは嘘に騙されて、こんな言わなくていいことまで言っちまったってわけか!?」
「言わなくていいこと…!?じゃあ今日のこの件がなかったら言わないつもりだったわけ!?大体なんで夜中に侵入してくるの!鍵かけてるでしょ!」
「あんなちゃっちぃ鍵、あってないよーなもんだろ!?」
ケッ、と吐き捨てて言った快斗の台詞に、もむきになった。だんだん子供の喧嘩じみてきたが、本人たちはお構いなしである。
「このっ…!」
「そーいやこの前、の部屋でオレにあてたラブレターっぽいもん見つけたんだけど…」
「えっ、はっ、えぇっ!?」
一気にかぁっと赤くなったを見て、快斗は内心吹き出した。先ほどまでは向こうが優位だったはずだが、今や完全に立場が逆転していることには気付いていない。
「……嘘だよ、嘘。」
「ちょっ……!!」
「エイプリルフールなんだろ?これでお互い様だ」
言ってペロリと舌を出した快斗に、はぐっと言葉に詰まった。確かに先に仕掛けたのはこちらだが、どうも引き分けというより負けた感じがして仕方がない。
「…う、嘘つきはドロボウの始まりなんだからね…!」
苦し紛れに言ったの台詞に、快斗はなんでもないことのように返した。

「だってオレ、ドロボウだし?」

「あ………」
完全に、負けた。





「なんか…疲れた…。」
「そっか?オレは結構楽しかったけどな」
そのまま喫茶店で軽食をとってから外に出ると、はげっそりとして呟いた。せっかく騙せたと思ったのに(途中までは完璧だった)、最終的には自分の方がやられている。それを悔しがる気持ちはあるが、どこかでそれをわかっていた自分がいるのも事実だった。
「じゃあまぁ、また学校で…」
そう言ってひらひらと手を振ると、その手をがしっと掴まれる。
「へ?」
「なんか今日は散々だったし、明日改めて出直さねぇ?桜も開花してきたことだし」
満開には程遠いけどな、と続けた快斗に、も笑顔で返した。
「…うん!」
「じゃ…」

「「また明日!」」




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2005.4.1


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