「週末ねー、帝丹の友達と遊びに行くんだ!」 「へぇ。オメー、帝丹に友達なんかいたのか」 の言葉に、快斗が意外そうに返す。それは初耳だ。 「うん、ほら、前に空手部の応援行ったときに知り合ったんだ。すごく可愛くていい子なの」 「ふーん。強いのか?」 「うん!すっごく!可愛いのに強いってすごいよね!私も技とか教えてもらおうかなぁ」 楽しみで仕方がない、といった表情のに、自然笑みがこぼれる。…にここまでの顔をさせるその友達が、ちょっぴり羨ましい。 「楽しんでこいよ」 「うん!」 …まさかそれが、命を脅かすことになるなんて。そのときの快斗には、知る由もなかった。 「…っし……」 一息ついて、シルクハットをかぶり直す。この格好で白昼堂々と飛ぶというのは、正直どうかとも思うが……“自分”という存在をアピールするためには仕方ないだろう。 今頃は、帝丹の友人とやらと楽しく遊んでいるのだろうか。遊園地だと行っていたが、ジェットコースターが大好きなのことだ。さぞや楽しんでいるだろう。 とりあえず今は自分の心配をしなければ、命がなくなってしまう。それはあまり愉快な事態ではないので、阻止しようと動いているのだが。 「さて、と。そいじゃそろそろ…」 ブー…ブー…ブー… ポケットに突っ込んでいた携帯が不意に鳴り出す。ひょいと取り出して着信画面を見ると、快斗はあっさり身を翻して屋上の壁に背を預けた。周囲に人がいないことを確認してから、通話ボタンを押す。 「もしもし?」 『あ、快斗?あのね、今蘭ちゃんたちと遊んでるの!』 「……え?」 蘭、ちゃん…? 『うん、毛利蘭ちゃん!しかも蘭ちゃんのお父さん、あの毛利小五郎なんだよ!チケットも特別なものもらったんだ!フリーパスIDっていうすごいやつ!食事も飲み物も、全部ただなの!』 …瞬間、頭の中が真っ白になった。 自分の入手した情報によれば、東西の高校生探偵が今、人質を取られて、事件を解明しようと動いているはずで。その人質というのは、フリーパスIDをつけて、遊園地にいて……。名前は確か、毛利蘭と、遠山和葉、それにあの灰原哀という少女に、周りにいる子供達。 (帝丹の友達) (うん、すっごく強いよ!) (蘭ちゃんと遊んでるの) 声は、震えていないだろうか。ゆっくり、静かに言葉を紡ぐ。どうか、どうかと祈りにも似た願いを掛けながら。 「…、オメー今どこにいるんだ…?」 お土産何がいいか聞こうと思って、と続けかけたの言葉を遮る。…それが、最後の望みだった。 『ミラクルランドだよ!』 …ぐるぐると、頭の中がかき回されていく。ただでさえ最近、あいつらが自分を狙い撃ちしてくるせいで神経を使っているというのに、こいつはさらにすり減らそうというのだろうか。…けれど。 自分でも、どうしてかはわからない。わからないけれど、そのとき浮かべた表情は。 「……そっか、わかった。」 微笑み、だった。 必ず守る、守り抜く。それは絶対的な自信。 とりあえず保身として、美術館を潰すだけに止めようとしていたのだが。あの探偵達を信用しないわけではないが、やっぱり自分の手で守りたいし、何より任せっぱなしになんてできない。 「楽しんでこいよ」 『うん!』 終話ボタンを押し、携帯をポケットへ突っ込む。ばさっ、とマントを翻すと、屋上の端に足をかけて呟いた。 「さーて、どうしたもんかな…」 方法はいくらでもあるが、自分が最も動きやすい姿は…… 「…ケケッ」 そうだ、あいつがいい。日本にはいないからはち合わせることはないし、立場も高校生探偵として彼らと同じだ。 「顔と名前をお借りしますよ――…?」 仰いだ空の下、続く先には――――――…ロンドン。 「Crime Research of Yokohama…横浜犯罪研究会。僕はこのクラブが限りなく正解に近いと思いますが」 「え?」 「……何や?自分」 遠慮なく不審に満ちた眼差しでこちらを見てきた平次に、さらりと返す。 「僕ですか?僕は白馬探。君と同じ立場の人間ですよ…いろんな意味でね」 (……こんなだったよなぁ?) 最近見てないもんなぁ、あいつ…なんて考えていることはおくびにも出さず、一応宿敵の小学生探偵にもちょっかいを出してみる。ウィンクくらいやりそうだよな、とオマケにつけてみたが、ちょっと寒かったかもしれない。 高校生探偵という説明だけで終わった話に、「それだけじゃない」と付け加えて腕のIDを見せる。鈴木家のご令嬢から拝借したものだが、一見しただけではわからないだろう。 「……っ、ほんならオマエも?」 「ええ、僕の大切な人もミラクルランドにいてね」 ………。 あの灰原哀という少女が近くにいるなら、恐らく問題はない。この東の探偵も彼女にだけは事情を説明しているだろうし、それならが外に出ようとするのも止めてくれるだろう。今できることは心配ではなく、真実への道しるべを示すこと。 「時間の浪費はそれこそcry…泣くことになる。」 …冗談じゃない。 くるりと背を向け、すたすた歩き出す。…そう、本当に時間がないのだ。タイムリミットは午後十時、真実にはまだ遠い。 自分にできる限界、彼らに託す限界の先。…そして、自分にしかできない仕事。「横浜犯罪研究会」と書かれた扉のノブに手をかけながら、快斗は小さく深呼吸した。…待ってろ、。 「へえ、蘭ちゃんと和葉ちゃん、警察の人と知り合いなんだ!すごいねぇ」 「すごくないよー、新一とかお父さんと一緒にいたら自然と…ね」 「新一?」 「あぁ、蘭ちゃんの旦那らしいで」 「ちょっ、和葉ちゃん!?」 真っ赤になって照れている蘭を見て、小さく吹き出す。ああ、好きなんだなぁとすぐにわかる。そんな蘭は、女の自分から見ても可愛かった。 (けど……) いくらなんでも、警察の、しかもいい年をした男が二人で(しかもスーツで)休日に遊園地とは考えにくい。…何か、あったのだろうか。 (快斗……) 結局お土産何がいいか聞けなかったなぁ、と思いながら携帯を取り出して見ると、いつのまにかメールがきていた。 (あれ?) 受信フォルダを開けば、とても短い文章が目に入った。 『十時過ぎに迎えに行くから、それまで待ってろ』 (…………?) 快斗も遊びに来たかったのかな、と首を傾げながら、は蘭たちの後を追って駆けだした。 「さて、と…。あとはオレの仕事をしないとな」 既に日は落ち、時刻は夜を示している。…自分にできるだけのことはやった。東の名探偵が怪我をしてしまったことは予想外のアクシデントだったが、なんとか川には落ちずに済んだし、応急処置もしておいたから大丈夫だろう。…見破られたような気もするが、この際それは大した問題ではない。 あとは彼らに任せるしかないが、信頼を裏切らないだけの頭脳を彼らは持っている。あれ以上一緒にいる意味もないし、この時間に三山ビルに来るためには、あれが限界だった。 からは『じゃあ出口でね!』と短い返信が返ってきていた。…こちらも大丈夫だろう。 きゅいい、と天井に穴を開け、舞い降りる。 「来ると思っていたよ、怪盗キッド」 …予想通りの歓迎だ。御託を並べる三山に、「今夜はあなたにお別れを言いにきたんです」と言い捨てる。…本当に、虫酸が走る男だ。 銃を構えた男達に、スナイパーの姿も見える。…恐らく、彼女は例の後輩だろう。 優位に立ったと思いこんでいる三山に、快斗は不敵な笑みを浮かべて言った。 「私が何の準備もせずにのこのこやってきたと、本当に思いますか?」 パッチン。 合図と共に吹き出すのは、仕掛けておいた催眠ガスだ。 「ご安心を。ただの催眠ガスですよ。……気づきませんでした?私は4月4日のあとも何度も侵入していたんですよ」 微笑を浮かべながら言ってやると、憔悴しきった顔になる。…欺けていたと、本当に思っていたのだろうか。怪盗キッドをナメるにも程がある。 「言い訳なら警察にして下さい」と言いながらスナイパーのいたカーテンの裏を見ると、そこは既にもぬけのからだった。 「あ、後輩のほうがクールメンだな。……ま、そこの二人が色々喋ってくれるでしょう。この盗品だらけの美術館のこともね」 何気ない動作でマシンガンを拾い上げて構えると、三山は怯えきった表情になった。銃口を一旦三山に向けてから、瞬時に照準を窓に合わせて一気にぶっ放す。…これであとは、警察が片付けてくれるだろう。 「あなたのゲームもこれでゴールだ。それも最悪の…オウンゴールかな」 「…あとは任せるしかないんだけど」 ミラクルランドの出口まで来て、快斗は小さく呟いた。…なんだろう、この悪寒に似たものは。 (考えろ考えろ……直感を信じろ。何かがあるから感じているんだ) 解除はもう任せるしかないが、そこに関しては信頼している。自分は十分な道しるべを示したし、彼らも受け取ったのだから。自分が借りていたパスもしっかり返した。ペンキを落とす暇はなかったけれど、鞄に確実に入れた…… 「!!」 もし、も。 回収、し損ねたら? 自分が外したそれを、爆弾付きのものと勘違いして数えたら? から時々来ていたメールを急いで読み返す。確か…… 『スーパースネイクおやすみなんだってー、残念。いきなり整備中になっちゃったんだ。乗りたかったなあ』 その最中、時刻が十時を示した。…爆発はない。やはり、彼らは信頼を裏切ることはしなかった。 鈴木家のご令嬢のIDに仕掛けた盗聴機が拾った音が、イヤホンを通して耳に届く。…唐突に聞こえるようになったということは、鞄から出したのだろう。 『最後に一度だけ、スーパースネイクを運営致します―――』 ……点と点とが繋がり、一つの答えが見えてくる。 「くそっ!!」 …時限装置は解除できても、エリア設定の解除ができている保証はない。そこまで彼らに期待するのは無謀だ。 (冗談じゃねぇ……!) ここまできて、そんな事態にさせるものか。何が何でも、絶対に。…絶対に、最後まで守り抜いてみせる。 …鎮魂歌など、誰が歌ってやるものか。 「わくわくするね!」 「ちゃん好きだもんねえ」 蘭に笑われながら、張り切って乗り込む。なんだかよくわからないけれど、乗れるならそれに越したことはない。 和葉と平次が仲良く乗っているのを見て、不意に快斗のことを思い出した。…もしかしたら、待たせてしまっているかもしれない。 (……今度は) 一緒に来て、一緒に乗りたいなあ。 そんなことを考えていると、ジェットコースターは頂点へたどり着いていた。 誰かが両手を上げろと叫び、もめいっぱい腕を上げる。 「きゃぁぁぁぁあっ!!」 (!! いた) ジェットコースターに乗ったの姿を確認し、ハンググライダーを操作する。慣れているとはいえ、ジェットコースターに追いつくのは容易ではない。 「……これで、おあいこだな」 バーを上げることが叶わず、もがいているコナンの後ろから風のようにIDを持ち去る。 「! 、」 自分を視認したコナンの横をそのまま通り過ぎ、力いっぱい空へ向かって投げた。 どぉぉぉおおぉおんっ…!! (……っはー。) なんとか、間に合ったか。 今日一日共に行動した相手に、にっと笑みを浮かべてそのままその場を去る。…今ので、全てが伝わっただろう。 (……良かった。) 本当に、良かった。 「快斗!」 「よぅ、。楽しかったか?」 「うん!今度は快斗も一緒に来ようね!」 そう言いながら、たたたっ、と笑顔で駆けてきたを力一杯抱きしめる。 「かっ、快斗!?どうし……」 心配したとか大事だとかもう離したくないとかオレも今度は一緒に来たいとか言いたいことは山のようにあるのだけれど。 「大好きだ、。」 「……え、」 「大好きだ。」 「………ありが、とう。」 「うん、好きだ。好きだよ、…」 もうオメーを、危険に晒したりはしない。 …歌を忘れたカナリヤは、歌を歌うことはなかったけれど。 その代わり、幸せと愛の言葉を紡ぎました。どんな歌にも負けない、愛の詩を。 ---------------------------------------------------------------- BACK |