「…うん」 ロンドンもいいけれど、やはり自分は…この、日本の空気が好きだ。 迎えに来ている家の者を見つけると、彼はにこりと微笑んで言った。 「ただいま」 「お帰りなさいませ、坊っちゃま」 ロンドンでやり残したことにはけりを付けた。今日からは再び、キッドを追うことができる。 (まさか、もう捕まっていたりしないだろうな…) 悶々と考え込みながらも、スーツケースを手にして歩きだした。明日の朝からは、普通に登校できるだろう。 「…待ってろよ、怪盗キッド」 …ロンドン帰りの名探偵、白馬探のご帰還である。 「怪盗キッド捕まる!!」 ぶっ。 でかでかと書かれたその文字に、白馬は思わず吹き出した。 「号外〜号外だよ〜!!」 「ちょっ…君、この記事は本当なのかい!?」 号外を配っていた青年をつかまえて問いつめると、「当たり前だろ」と呆れたように返された。 (そ…そんな…!) がっくりと肩を落とし、ふらふらと近くの塀に寄りかかる。…自分がいない間に、捕まってしまうなんて。思ってもみなかった。 「黒羽くん…黒羽くんのバカやろーっ!!」 「うるせーよ。」 「うわっ!」 叫んだ途端に頭をはたかれ、驚いて声を上げる。…そして視界に飛び込んできた人物を見て、白馬はまた声を上げた。 「黒羽くん!!」 「うるせーっつってんだろ!そんなに何度も呼ばなくたってわかるわ!!」 「…うるさいのは快斗でしょ」 そう言って快斗の後ろからひょいと顔を覗かせたのは、だった。 「あ…さん!」 「…その新聞は、快斗なりの歓迎のつもりなの。他の人が持ってる新聞を見てみて」 「え……?」 の言葉に従って周りを見渡し、新聞の見出しを読む。 「●■議員捕まる!!」 「…あ、れ?」 でも、自分が持っている新聞は確か。 「簡単に引っかかりやがって。そんなんじゃキッドを捕まえるのは無理だな」 べっ、と快斗が舌を出す。そこでようやく、白馬は自分が騙されたことに気がついた。 (なんだ、良かった…。) 口には出さず、そっと心中で呟く。この記事が本当でなくて良かったと、心からそう思ったのだ。 「…キッドを捕まえるのは、僕だからな」 「ケッ、言ってろ」 何やらVSモードに入りそうな二人の間に入ると、がにこりと笑って言った。 「…おかえり、探くん!」 …そう、自分が大好きな笑顔で。 「……ただいま。」 懐かしく切ない想いを胸に秘めつつ、白馬も笑顔でそう返した。 「…オメーってさぁ」 白馬が戻ってきて数日後。手続きやら懐かしの対面やらが済み、ようやく日常が戻ってきた頃だった。 「なんだい?」 廊下に寄りかかったまま話しかけてきた快斗に合わせ、白馬も端に寄る。 「やっぱ今でも、のこと好きなのか?」 「……………は?」 唐突といえばあまりにも唐突な問いかけに、白馬はぽかんとして間の抜けた声を上げた。 「いや…だから、だな」 「…何を気にしているのかと思えば」 よっ、と声をかけて廊下の窓を開ける。爽やかな風が肌をなぜていった。 「…勿論、好きさ。けれど、それは以前のようなものとは少し違う。…好き、というより、大切、というほうが正しいかな。彼女が幸せになれる道を見守っていきたいと思うんだ」 そこまで言って、開け放した窓から空を見上げてぽつりと呟いた。 「それが、今の僕の気持ちだ。…安心したかい?」 「…いいんじゃねーか?すごく…」 今のオレなんかより、全然いいと思うぜ。 …言いかけたその言葉を飲み込み、快斗は目を伏せた。 「…僕は探偵だからね」 「は?」 意味が分からずに首を傾げた快斗の襟元をつかむと、白馬はぐいっと自分のほうを向かせた。 「心情を読みとることも多少は出来る。…今の君には迷いと負い目があるだろう?」 「……っ!」 をこのまま思い続けていいのか。 自分の想いが彼女の負担になって、壊れてしまわないか。 …白馬の言葉に、快斗は言い返せずに黙り込んでしまった。 「…僕でよければいつでも相談に乗るさ。ただ……」 「…ただ?」 ぱっ、と快斗の襟首を離し、窓を閉めてかちゃり、と鍵をかけながら、白馬が眼光を鋭くして言った。 「僕は君だからこそ大丈夫だと思ったんだ。もしも彼女を悲しませてみろ、許さないぞ」 「…っ、わかってるよ」 自分だって、を悲しませたりしたくない。 「…それなら、いいんだ」 そう言うと、白馬はその場を後にした。…胸のあたりが、微かに苦しい。 (…オレは) どうすれば、を悲しませずに済む? 「あ、快斗!いたいた!」 「…ん?どうした、」 「あのね……」 どうすれば、この幸せを守ってゆくことが出来るのだろう。 (…好きだから、大切に想う。) 根底に置かなければならないのは、きっと先ほどの白馬の言葉。そして、幸せにしたいと思う気持ち。 (…そうだ。そうだよな。) サンキュー、白馬。 「…なぁ、。」 「え?」 「オレ、まだまだだけど…何にもわからないバカだけど、いつかきっと答えを出すから。だからそれまで、待っててくんねーか?」 他の誰かじゃ嫌だ。君の笑顔は、オレが守る。 快斗の言葉を受け、しばし黙り込んでいたがそっと小さく言葉を返した。 「私も、快斗に伝えなきゃいけないことが…きっとあると思う。だからね、私の方も待っててね」 「ああ…わかった」 僕らはいまだ、発展途上の真中にいる。 「あ、そうそう!来週の日曜日、空いてる?」 「来週は…あ、悪ィ。ちょっと無理だ」 「ええっ!」 の口元に人差し指を当て、軽くウィンクして言う。 「……仕事だ」 「…!」 白馬が戻ってきた一戦目。…派手な仕掛けを組もうじゃないか。 「つーわけで、約束はまた今度な」 「うん、いいよ。頑張ってね、快斗!」 「オゥ!」 ちょっとずつ、少しずつ進んでいければいい。時には下がっても、その分また前に進もう。 …ゆっくり、自分たちのスピードで。 ---------------------------------------------------------------- BACK |