シャンパンの中の指輪





「ふざけないで下さい大佐!それは今すぐ没収させて頂きます!」
「ふざけてなんかいない!私は至って本気だ!!」
「なおのこと悪いんじゃボケェ!!」
「貴様、仮にも上司に向かってそのような…!」
「おーい…」
遠慮がちにかけられた声に、取っ組み合いの喧嘩をしていたロイとは同時に扉の方へ目をやった。ロイにが組み敷かれているという、なにも知らない者が見れば誤解極まりない体勢である。
「…大佐、また喧嘩してんのか?」
「鋼のか…。すまないが、今取り込み中なのだよ」
ゆらり、となにやらただならぬ雰囲気をまとったまま、の上から退いたロイがぼそりと答える。
「エドォ!」
ずどんっ、となかなか痛そうな音をたててがエドに抱きついた。いや、タックルを食らわせたというほうが正しいかもしれない。
「げふぉっ!な…なんだよ、また中尉絡みか?」
「そうなの!あの変態クソ大佐…」
そこまで言いかけたが、盛大に吹っ飛ぶ。ロイがを蹴り飛ばしたのだ。
「こんのっ…!!レディに対する仕打ちとは思えませんね!」
軍服にくっきりとついた足形に、今のが手加減なしの本気の蹴りだったことをエドは悟った。がとっさに受け身をとれると想定してのことだろうが、それにしても容赦ない。
(…本気で仲悪ぃんだな…この二人)
大人げない、と思わないでもないが。
「君は口が過ぎるのだよ、。これはもう決定事項だ。今夜決行する」
うずくまったまま動けずにいるを上から見下ろし、ロイが満足そうに言う。だが、はそこで不敵な笑みを浮かべた。
「…これ、なーんだ?」
…その右手に掲げられているのは、小さな箱。それを見た途端、先ほどまでの余裕はどこへやら、ロイは見るも哀れなほどに狼狽した。
「なっ…いつの間に…!」
「さっき取っ組み合った時にスらせていただきました。エド!」
ばっ、と奪い返そうとしたロイの腕をかいくぐり、入り口に突っ立ったままでいたエドに向かって放り投げる。
「…へ?」
反射的に受け取ってしまってから、呆けた声を上げる。
「それを持って逃げて!!気分はパズー!」
「意味わかんねーよ!おわぁぁぁっ!?」
「それを寄越せ鋼の!」
鬼気迫る形相で追ってきたロイに、とっさに廊下へ飛び出して走り出す。追われれば逃げる、これは人間の本能のようなものである。
(…って、逃げる必要ないだろオレ…!?)
全力で駆けながら、嫌な汗が頬を伝うのを感じる。たまたま近くまで来たから寄っただけだったのだが…。
「なんでこうなるんだよっ!!?」
エドの真っ当な叫びは、誰にも聞き入れられずに虚しく響き渡った。







「ったく…普通本気で蹴る?レディ相手にさあ…」
まぁ本人を前に、ちょっぴり言い過ぎたような気がしないでもないが、そのへんは棚に上げておくことにする。受け身を取ったおかげで、足形の割には痛みはひどくない。それを確認してから、開けっ放しになっていた扉から急いで廊下へと駆けだした。いつまでもエドに任せておくわけにもいかないだろう。
「指輪…かぁ…」
既に姿の見えないエドの後を追いながら、は小さく呟いた。指輪。単なるおしゃれ道具の一つではあるが、これを聖夜に、男性が女性に送る、となると話は変わってくる。下手すればそのままゴールイン、てなことにもなりかねない。
『これを今夜中尉に渡そうと思ってね』
得意げにそう言ったロイの顔が忘れられない。カッカカッカしながら走っていると、曲がり角で出会い頭に誰かとぶつかった。
「うあっ!?」
「うおっ!?」
どんっ、と後ろに盛大に吹っ飛び、思いっきり尻もちをつく。
「いったた…すみません、大丈夫ですか?」
「いや、こちらこそ…って、?」
「へ?あ…なんだ、ハボック少尉か」
「なんだとはご挨拶だなオイ」
やれやれ、と軍服の裾をはたきながら立ち上がり、が立ち上がるのに手を貸してやる。
「よっ…と。ところでお前さん、そんなに急いでどうしたんだ?」
「あ、エドと大佐見なかった?こっちのほうに走ってきたと思うんだけど…」
慌てて聞いたに、ハボックはああ、と手を打ってなんでもないように言った。
「裏庭で錬金術合戦してるバカ二人なら見たな」
「それだぁぁぁ!!ありがと少尉!」
ばびゅんっ、と走り去ったの後ろ姿を見て、苦笑しながら呟く。
「…似てねーなぁ」
同じ鷹の目の名を持っているとは、到底思えない。以前それをホークアイに言ったら、珍しく笑みを浮かべながらこう言っていた。
「…だから、いいのよ。それがあのこの、いいところなの」
当時は首をひねったが…今なら。なんとなくではあるが、その意味がわかる気がした。







「…元気だせよ、
「無理……」
「少佐、ほら七面鳥おいしそうだよ!」
「いらない…」
エルリック兄弟がいろいろ世話を焼いてくれるのは嬉しいが、今はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。視線の先には、なんともにこやかな笑顔で会話をしているロイがいる。
「…ちくしょー」
軍部主催の小規模なクリスマスパーティー。…と言えば聞こえはいいが、要は中央の要人を呼んでのごますり大会である。それだけでも憂鬱だというのに、ロイはこのパーティーの最中に姉に指輪を渡そうとしているのだ。
(…エドには悪いことしちゃったな…)
ちらり、と見やれば、黒く焦げたアンテナが目に入る。ロイの執念に、必死になって最後まで抵抗してくれたのだ。…結局、最終的には奪い返されてしまったのだが。
終焉に向かっている宴に、の気持ちもいっそう陰鬱としてくる。止めるチャンスがあるとすればあと一回しかない。…ロイが指輪を渡そうと、懐から取り出すときだ。
ちらり、と再びロイに目をやれば。
「!?」
悶々と考え込んで沈んでいた頭を、勢い良く跳ね上げる。その瞬間、エドの顎と盛大な音を立ててぶつかったが、気にしている余裕はなかった(エドはしゃがみこんで悶絶していたが)。
…ロイが、ホークアイを誘って廊下へと出ていったのだ。
「にゃろうっ…エドっ、行くよ!!」
まだしゃがみこんでいたエドのフードをひっつかみ、ずるずると廊下の方へとひきずっていく。
「オレを巻き込むなぁぁぁ!!」
「兄さん頑張ってー」
…兄想いの弟は、ひらひらと片手を振って爽やかに兄を送り出した。







「中尉、急にすまない」
「いいえ…何か未処理の書類でも思い出されたんですか?」
自分はどこまでも駄目な上司としか思われていないのだろうか、とがっくりうなだれそうになる。下がる士気を無理矢理上げ、ロイは胸元のポケットに手を突っ込んだ。
「いや…そうじゃないんだ。実は渡したいものが…」
「いっけぇぇぇぇ!!人間アタックinエドワードっ!!」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!?」
ごぅっ、とすごい勢いでにぶん投げられたエドが、体ごとロイにタックルを食らわせた。
「うおわっ!?」
ぽーん、と。
綺麗に軌跡を描いて飛んだ指輪は、たまたまそこを通りかかったハボックが手にしていた、シャンパングラスの中にこれまた綺麗に収まった。
「…ん?」
「「ハボック少尉!!」」
足を引っかけ軍服の裾を掴み、罵倒しあいながらなんとか相手を足止めしあっていたロイとが、同時に声を上げた。
「飲んで!!」
「飲むな!!」
「「これは上司命令だーっ!!」」
当のハボックは、双方の上司から違う命令を出されてたじたじである。しかも意味が分からない命令だ。
「…もう面倒くさいっ!」
ロイに右足で踏みつけられた状態のまま、がばんっ!!と床に両手を付く。
「うりゃぁぁぁあっ!!」
…その瞬間、ハボックが持っていたグラスは中の液体ごと、…指輪ごと、砕け散った。







「あっはっは、ごっめーん」
「…ごめんですめば俺たちはいらない…」
後日。
入院した挙げ句、顔面包帯男となったハボックのセリフに、はあははと笑って誤魔化した。あれだけの至近距離で錬金術による破壊を受ければ、当然こうなる。幸い失明などの大事には至らなかったのが、不幸中の幸いと言えるだろう。
「…で?お前、あのあとどうなったんだ?」
そこで意識を失ったハボックは、そこから先を知らない。勤務時間中に、が私服で見舞いに来ているのも気になった。
「…それがね、大佐マジ切れしちゃって。あの指輪、二十万センズもしたんだって」
「にっ…!?」
それが粉々に砕け散ってしまったわけか。…それなら、マジ切れしても仕方ないかもしれない。
「まぁ、お姉ちゃん守れたから後悔してないけど。んで、懲戒処分受けちゃったの。三日間自宅謹慎」
ぴっ、と指を三本立てて言ったをジト目で睨み、ぼそりと言う。
「…“自宅”謹慎だろ?出てきていいのかよ」
「退屈でやってらんないもん。堅いこと言わない言わない」
「知らないぞー、大佐に見つかっても…って、あ、大佐」
の後ろを指さして言ったハボックに、あかんべをして答える。
「そんな嘘引っかからないよー」
「…懲戒免職にしてやろうか?」
背後から聞こえたドス黒い声音に、は硬直した。…とてもじゃないが、振り向く勇気はない。
「大佐、ここ病院スから。焔は駄目ですよ」
「わかっているさ。…市井見回りを兼ねて見舞いに来たのだが、どうやら思わぬ獲物がかかったようだな」
声しか聞こえないため、そこに姉がいるかどうかまではわからない。だがいたとしても、助けは望めそうにはなかった。既に「あれはやりすぎだ」とこっぴどく叱られているのだ。
(ここは三階…)
運動能力には自信がある。飛び降りても、怪我をする可能性は低い。
(いっせーのっ…!)
「逃げようなどとは思うなよ」
右足を出すか出さないか、その瞬間に襟元を後ろからひっつかまれた。
「ぐえっ」
「暇で仕方ないんだろう?是非とも仕事を手伝ってもらおう」
「いやぁぁぁぁっ!!」
ずりずりと引きずられていくを見送ってから、横に立っているホークアイに話しかける。
「…助けてあげなくていいんスか?」
「…私も今回のことはちょっとやりすぎだと思っていたのよ。それに、大佐の仕事が進むんならそれに越したことはないし」
言って軽く微笑んだホークアイに、ハボックはきょとんとした。…なんていうか、
「…中尉、ちゃっかりしてますね…」







「…一番の被害者って、オレだと思わねーか?なぁ、アル…」




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「このシリーズをハボック夢にしちゃおうかやめようか」という葛藤が非常によく感じられる仕上がりになりました(待て)。いやー書いてて非常に楽しいんですよ、このシリーズ。ロイと対等に渡り合える恋敵ってのが(笑)お題に添えてないような気もするんだけど、楽しかったからいいやー!(えー!?)


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